
渋谷のストリームホールで開催中の「内藤廣 赤鬼と青鬼の場外乱闘in渋谷」を観てきました。じっくりと鑑賞していたら2時間以上経っていました。写真展を観たあとに、たくさん写真を撮りたくなることはよくあることです。今回は写真ではなく、建築の展示でしたが、そのあとやっぱりたくさん撮りました。写真はその内藤さんの設計による渋谷のスクランブルスクエアとヒカリエをつなぐ自由通路とその向こうは銀座線渋谷駅です。渋谷駅の屋根の上も人のための公園?通路?になるはずですが、それはまだこれからなのかな。徐々に徐々に変わっていっていつのまにかよく知っていた渋谷はまったく知らない渋谷に変わっていきましたが、最近はそれでも少しは馴染んできた感じもあります。まぁでも昨日もストリームからJR改札の行き方に少し迷いました。標識?案内板?を途中で見失いがち。不意にわからなくなって途方に暮れる感じがときどきあります。この写真、真ん中の上の方に「言葉にできないガチでエモい音」って書いてあります。その横のマークは音響機器のオーディオテクニカのロゴかな。こういうのを読むと、言葉にも流行があって、どんどん変化しているのがわかりますね。たとえば1990年代にこのキャッチコピー?を読んでも、ん?どういうこと?ってなったんじゃないかな。最近「雰囲気」を「ふんいき」ではなく「ふいんき」と呼ぶ若い人が増えていると、これもまたもう古いのかしら?たぶん五年くらい前にはそういうことを聞きました。これはちょっと、えっ?と思いました。漢字の雰は「ふん」、囲は「い」、気は「き」なんだから、ふんいき。もし「ふいんき」だとすると、三つの感じにどれを当てはめるんだろう?雰に「ふ」で、囲に「いん」かな?でもこういうのだって、それが当たり前になったら辞書の方があとから修正して付いていくから、五十年後の国語辞典には囲の読みに「いん」と書かれているのかもしれない(まさか、いまはないよね・・・その前提で書いていますが)。変化していくってことは、なんであれ、大事なことです。
追記)いまちょっと調べると、なんと!世代を問わず平均的に4-5人に1人の方が「ふいんき」と読んでると書いてありました。びっくりしました。まぁでも自分も「全然(ぜんぜん)」のあとに否定じゃなく肯定文を普通に付けています。最初は意識的にちょっと変だけど時代だぞ、と思いながら使っていたら、いまはもうなにもおかしいと思わなくなりました。