
相変わらず部屋の片づけをしています。いったい、いつになったら終わるのか?でもちらかっているからまだ終わっていないことだけは確かなのですね。ずっと終わらない渋谷駅回りの再整備事業みたいな自室の整理整頓計画なのです。本棚には本を入れる、という当たり前のことが、本棚がまだ空いていた七年くらい前についついそこにいろんな小物を置いてしまったことから発して、本棚にはぜんぜん使わない小物、おかしのおまけだったスヌーピーのキャラクターの人形とか、薬の壜(多くはなかにちゃんと錠剤の入っているものだが、なんと空の壜もあったり)や、海で拾ってきた小石に、チョコレートが入っていた洒落た小箱、使っていないぐいのみ、とか、なぜか七味唐辛子の壜も、あるいは未使用とコロナ検査キットの箱もあったな・・・そういうものが置かれてしまい、そのせいで本が本棚に入らず、床から伸びる積読タワーを構成している、という状態だったのです。そこで、小物はとりあえずの避難として大きな紙袋に突っ込み、本は本棚へちゃんと入れるということをやっています。じゃぁ、本が収まったあとに紙袋の小物はどうするのか?これは取捨選択して多くは廃却でしょうか?でもこのあたりが懸念で、結果その紙袋の中身を精査しないまま、ずーっと部屋のどこかに放置される気もします。そうならないようにしなければ。
そうやって大量の本をああでもない、こうでもない、と動かしていると、当然ながらふとページを捲ってしまう本があります。講談社青い鳥文庫のトーベ・ヤンソン著「ムーミン谷の仲間たち」がありました。このシリーズは全八冊もあるのですね。知らなかった、四冊持っていて、それで全揃いだと思っていましたが違うんだな。少年少女むけの文庫だけれど、ちょっといつか読んでみたいと、古本屋で買ったのだろうか?部屋にその四冊がずっとあった経緯はもう忘れてしまいました。
最初のページから、おっ、ちょっと凄いこと、というのか、いいこと書いてあるな、と思いました。それはスナフキンが北へとずっと歩いている場面。良い天候の日で、気分は「しあわせ」です。そして『あしたも、きのうも、遠くはなれていました。』という文章が書かれていました。そうか、いまこのときが幸せだと、あしたもきのうも遠くに離れているということなのか、なるほど!と思いました。いまにいる私たちは、あしたの計画ばかり立てていて、そのあしたになっても、さきにあるまたあしたを考えていて、実はいつも計画ばかりで、今日のいまこのときを楽しんでいないんじゃないか?昨日立てた計画通りに今日のいまその計画を実行しながらも、いまを楽しむのではなく、計画を実行しながらも次のあしたの計画ばかり考えている。結果として、今日のいまこのときに幸せを感じていないんじゃないか?この文章を読んで、ふとそんなことを思いました。そういえば同じようなことを五味太郎さんがおっしゃているのをNHKのテレビ番組で見たことがあります。
写真ははじめて歩いた住宅街の道で見付けた野苺です。