
前回のブログ記事に使った雨の日の交差点の写真と同じ日に撮った写真です。フロントグラスに雨粒が付いていると、赤信号で停まっている運転席から写真を撮ると雨粒がぼけて写ることがある。この写真も右上の街灯のすぐ左に滲んでいる影は、フロントグラスについた雨粒がぼけて写り込んだものだと思います。なんだかちょっと異形ですね。左を向いた妖怪かなにかの顔のように見えて来る。そうするとその妖怪が白っぽい透明傘をさした人に背後から襲い掛かって行くようにも見えたり・・・しませんかね?
先日、滝口悠生著「愛と人生」という寅さんの映画を題材にした小説を読みました。これは6月に秋田に出張したときに、書店で買ったのでした。それから三か月たってやっと読んだんだけど、三か月後ならいい方で、もっとずっと積んだまま読んでいない本もたくさんあります。その本のなかで、いまは京成金町線になっている短い路線、京成金町の次が柴又で、その次が京成高砂でそこまでの短い路線が、むかし、というのは明治の頃だろうか、金町と柴又を結ぶ人力車線路だったと書いてあり、はじめてそのことを知りました。たしかに直線道であれば線路を引いて車輪を付けた、すなわち人力車を軌道に乗せた乗り物に数人の人を乗せて、転がり摩擦を利用して、一人もしくは二人程度が押せば、五人か六人は運ぶことが出来たのでしょう。だけど途中に起伏があり、小説のなかには、ときどき車夫が押し切れなくなり、隣でつかえた車両の車夫が応援したとか、客が降りて一緒に押したなどと書いてありました。
そういえばふと思い出したのは井伏鱒二の小説でバスが途中で止まってしまい乗客が大勢でバスを押す場面のある小説がありました。むかしは故障して止まってしまう車をけっこう見掛けたものですね。むかしっているのはだいたい昭和30-40年代、わたしの記憶ではそんな光景を見たことがあります。箱根の坂なんかいちかばちかの挑戦のような気分もあったような。とくに当時の360ccの軽自動車には箱根越えは無謀だったのではないかしら。
さて、今日の夕方、NHKのEテレだったかBSだったか、鉄オタの人たちが京成電鉄を紹介していく番組が、テレビを気まぐれに付けたら映って、なんとなくパソコンで写真をいじりながら付けておいたら、上記の小説を読んで知ったばかりの人が押していたころの金町線の古写真と再現した車両が映りました。こういうのはほんと偶然ですね。何十年も知らなかったことをたまたま本で読んだ数日後にテレビでその知らなかったことを放送していた、という。
今日で三連休もおしまいですが、もう一回あるんだっけ?
今日はとうとうこの秋はじめての牡蠣フライを食べました。駅ビルの総菜コーナーで買ってきた。10月も中頃になるとこうして牡蠣フライが登場するが、それが本当に今年の牡蠣なのか、冷凍牡蠣フライが調理されただけなのかはわかりませんね。だけどこの季節にならないと真夏に売っても売れないものなんだろうな。それでいよいよ牡蠣フライの季節というわけです。
気温はまだまだ生ぬるく、むしろ暑かったりも。だけど太陽の位置が低くなってきているからか快晴の昼間を歩いていても、秋だなぁと思うようになりました。真夏よりずっと低くなった昼間の太陽が作る街の光と影を見て、そんな風に感じるのでしょう。言葉にする以前のところで、身体がそう感じている。
そうそう先日とある居酒屋で「秋のてんぷら盛り合わせ」というのを頼んだら、シャインマスカットの天ぷらがあったので驚きました。そしてその驚いたことを話すときにサンシャインマスカットと言ってしまった私はアホですね。