
アラームを掛けたわけでもないが、目が覚めたら5:20だったので、せっかくいい時刻に目が覚めたので、それでは行ってみるか・・・と、5:55に家を出て、茅ケ崎海岸まで歩く。日の出の20~30分前に夏は海水浴場になるサザン・ビーチに着くと、例年の通りのこんな光景。でも、そうだなあ・・・例年より、少しだけ人出は少ないかもしれないか。マイナス2℃。毎年必ず、と言うわけではないが、二~三年に一度はこうして初日の出を見物に茅ケ崎海岸に行く。だけど快晴の年でも東の、日の上って来る水平線(正確には三浦半島が低く見える)には多かれ少なかれ雲があるものだ。今年もほんの少しだけ低く横になびく雲があったが、それでも「ほぼ雲はない」でよいだろう。
帽子を被った男が二人、並んで日の出を待っている、その後ろ姿をシルエットにして、珍しく構図をちょっと意識したりして、だからしゃがんでから写真を撮ってみた。この二人、元旦の6:30にこうして茅ケ崎海岸に来て、他の大勢の人たちに交じって立っているけれど、ここに来るまでにどういう時間を過ごしてきたのだろうか。いや、別にこの二人に限らず、ここに集まった、五人六人の若い仲間たちや、恋人たちや、ひとりで来ている若い女性や、私のようにカメラを持っている一人の男・・・みなここに至る時刻になんらかのそれぞれの物語で過ごしてきている。
この二人だって、例えばおんぼろの車を手に入れて、どこか遠くの北の街を一昨日くらいに出発し、途中まで二人ともが淡い恋心を抱く若い女性を同乗させて、面白おかしく過ごしたすえにここに来たのかもしれない。深夜にどこかでカップラーメン食べたり、気まぐれで入ったボーリング場で遊んだり、昼下がりに日の光で少し温まった車の中で昼寝をしたり、カーラジオから流れてくる彼らにとっての「懐かしい」曲を歌ってみたり、高速のPAのたびに運転を交代してでも女性は後部座席でずっと眠っていたり・・・それは眠ったふりで二人の男の会話を聴いていたり、結局のところ女性はここに着く数時間前に車を降りてどこかへ去ってしまい、男ふたりだけがここにいる。あと四日すると、片方の男は新しい仕事を始めるためにどこか南の方へ行ってしまうし、もう一人はなにも変わらず、いつもの仕事に戻るだろう。今の時間がずっと続けば良いのにな、でも仕事が始まったら、そのときはちゃんとやってやろうと思っているかもしれない。誰もがロードムービーの末にここに来ている・・・わけじゃないけど、そんな感じがするのだった。
いや、ごく近くに住んでいる人が、例年の通りここに来ていたとしても、彼にだって一年の時間が流れて、同じように海岸で初日の出を待っていても、一年前や二年前や数年前にここに立っていたときとは、思うことが違う。悩むことも、嬉しいことも、誇るべきことも、心配事も、ぜんぶ違う。だからこうして何かの区切りの日(元旦とか)に同じ行為をしていても、それは同じではないことの確認なのかもしれないですね。
よき一年になりますように。