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新緑の見える風景


BSプレミアムでときどき放送している新日本風土記の、2012年か2013年に放送されたものの再放送の、京都嵐山電鉄沿線を取材した回を最近見た。たしか嵐山の天龍寺のお坊さんが、桜の花のときと紅葉の頃にだけたくさんの人がやって来るが、新緑を見に来る人はまだまだ少ない。だけど新緑はほんとうに美しいものです。と言うようなことをおっしゃっていた。
桜の花が散った後くらいから4月末あたりまで木々が一斉に新しい葉を纏う。桜の開化とおんなじで、数日のあいだにあっと言う間の変化なのだ。しかし、あっと言う間とは言え、四季の、あるいは365日の中の一日か二日か三日は1パーセントも占めないほどの短期間で、変化の微分値は開花や落葉や紅葉の素早さと同じく、すごい変化を示すわけだが、それでも人の感覚は、最近流行のこまおとしタイムラプス撮影のような時間認識が苦手だから、この最大変化さえ、みるみる変化しているその変化そのものを見てとれない。せいぜい昨日の記憶(や写真)と比べて、その差を頭のなかで比較し理解して、あっと言う間ネエ、と言えるくらいでリアルタイムで枯れ木に葉が出てそれが開く様子を、タイムラプス動画を見るようには見られない。
本当は遅いのに人の勝手な感覚器からは早すぎて見えないこと、本当は早いのに人の勝手な感覚器からは遅すぎて見えないこと、がある。
感覚的には見えない変化を、せめて科学的に理論的に理解して物事を考えることが、いろんな場面で必要なんだよなあ。政治的な判断を必要とするようなときにも。




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