以下の内容はhttps://misaki-taku.hatenablog.com/より取得しました。


大塚にて

 最近はますます撮影枚数が増えている感じです。ストリートスナップとかストリートフォトとか言うと、英語になるせいか?それは世代特有の負け犬感覚なのか、なんだかちょっとハンターのように光景を生け捕りにして行くような貪欲さを感じます。でもわたしのやっている行為は、第三者から見れば、ストリートスナップなのでしょう、けれども、そんな生け捕りとか貪欲という言葉に相応しい心の状態ではないと思います。金魚掬い、だろうか?すぐに紙が破けてしまいなかなか金魚を掬えない。斜めに紙をそっと差し入れて、紙の面に水圧がかからないようにしていく。自分の持っているレンズ、最近はAF対応の最新レンズがだんだん減っています。下取りに出しています。AFレンズはすごいです。この上の写真の中央を歩く人、この写真はマニュアルフォーカスのオールドレンズで撮っていて、一生懸命にピント合わせのリングを回して、ピントを合わせようとしましたが、男の人は向こうへ歩いていくので、なかなかジャストピントになりません。だから少し後ピンになっています。こういうことはAFレンズではまず起きません、一瞬にしてピントを合わせてくれる。なんなら、そのまま被写体追尾をしてずっとピントを合わせ続けてくれる。だから写真の成果の成功確率を上げたければAFレンズは素晴らしいです。だけど、金魚掬いの網を金網にしてどんどん金魚を捕まえるのではなく、マニュアルフォーカスでなかなかうまくピントが合わない状況にして撮ることを楽しむ。これは写真という成果の成功確率をあげることは、まぁそれは一番重要じゃないや、という心境です。撮るときの楽しみを優先したいという感じになっています。この写真は1951年に発売されただからもちろんマニュアルフォーカスの50mmレンズを使って撮りました。

 前回のポストで書いたように、3/6から3/8にグループ写真展をやりました。あぁ、上に書いたことと180度違っちゃうけど、写真展に展示したパレスサイドビルのエレベーターホールを撮ったときには、これは真剣に成果を得ようと撮ったんだった。だけどコンセプトを「60年代に製造されたカメラとレンズで、60年代に竣工した建物を撮る」と立てたので、マニュアルフォーカスは慎重に慎重に合わせたんだった。

 グループ写真展のあいだに山手線の大塚あたりを歩いてみました。大塚って、25年くらい前に雑誌「散歩の達人」に載っていた居酒屋に行ってみたくて、わざわざ遠路はるばる、仲間と三人くらいで飲みに行ったことがあったのですが、それ以来ですね。駅の周り、いい雰囲気でした。都電の線路がS字に通っている。そのSの上の円弧と下の円弧の間に都電大塚駅があり、その駅の上を高架で山手線が走っています。そして、上の円弧の内側にも、下の円弧の内側にも、広場があって、人がベンチに座って休んでいました。誰かを待っていたり、コンビニで買ってきたものを食べて朝食にしていたり、昼寝をしていたり。このときは日曜日だったので、それで余計にのんびりとして見えたのでしょう。理由や根拠はわかりませんが、なんか東欧な感じがしました。上の写真も大塚付近です。向こうへ歩いていく男が写っていますが、なにより手前の歩道に落ちている、標識や電柱の影模様が面白くて撮った写真。

 写真展、とくに仲間と一緒にやるグループ写真展は楽しいです。準備から、ときには議論をし、黙殺し、仲裁し、やることを決めていく。搬入日に皆が集まって、オープンまでのあいだに黙々と掲示をして、出来た人から誰かを手伝うのも。お客さんがやってきてくださり、あれこれ話していると、誰かと誰かの出身高校が同じだということが判明したりも。会場がフイルムカメラ修理店のギャラリースペースだったので、見に来てくださった方は写真だけではなく、興味の赴くままにカメラも観ていきます。思い切って、カメラを買っていく方も少なからずいらっしゃいました。そこでも会話が起きる。そんな三日間だったので、終わるとちょっと「祭りの後」の感じがして寂しいものです。実はわたしもまたもや一台カメラを買ってしまいました。1961年発売のカメラでした。近々にAFレンズをまた一本売ろうと思います。

 下の写真はモノクロにしてシアン調色。でも私は上の方が好きです。

 

3/6〜 グループ写真展のお知らせ 3/8終了しました

3月6日〜8日、わたしも同人として参加しているニセアカシア発行所によるグループ展「D.P.E.」が開催されます。場所は練馬区の中村橋駅近くのフィルムカメラ修理店のリミエ写真機修理店内ギャラリースペースです。

わたしは主に60年代に生産されたフィルムカメラとレンズでその頃に竣工した建物を撮りました。一例、3枚目はミノルタSR-7後期+ROKKOR PF58mmF1.4で撮ったパレスサイドビルのエレベーターホールです。DMの写真は、本展に参加するリミエ写真機修理店店主の東さんによるもので、フィルムカメラの部品を撮ったもの。

 

『ニセアカシア「D.P.E.」

光にさらされたフィルムに潜像が残り、現像され、画像があらわれる。

カメラにフィルムを詰めて何十枚か写真を撮って、その結果は現像が仕上がるまでわからない。
十数年前までは当たり前だった写真行為をひさしぶりにやってみると、懐かしかったり、四苦八苦したり、驚いたり…

ニセアカシア今回の写真展は、フィルムカメラで撮影した作品を展示します。

リミエ写真機修理店は、店の奥で店主が静かに修理作業に勤しんでいて、手前の棚には修理を終えて値札をつけられたカメラやレンズが並ぶ、落ち着いた雰囲気の工房。
今回は店主も作品を出展します。

作品展示に添えて撮影に使用したカメラとレンズも会場に展示します。
作品とともにカメラやレンズの談義にも花が咲けばと思います。』

 

ニセアカシア発行所メンバーにリミエ写真機修理店店主の東さんを加えた出品者五名のうち三名は、十年ほど前、写真家の須田一政氏のワークショップに通っていたメンバーです。

よろしくお願いします。

辛夷の花

 写真は銀座です。一週間ほど前の暖かな日・・・でも写真にはダウンベストを着た方も写っていますね。今週の土曜日曜も暖かかった。もうあんまり「季節外れ」とは聞こえてこない。一週間前には聞こえていましたね、もう本当に春ってことでしょうか。

 

 今日、3月1日、横浜関内付近を歩いていたらジャズ喫茶ちぐさの看板を見付けました。桜木町に近い野毛の町にあったジャズ喫茶ちぐさは閉店し、古い建物は取り壊され、新しいちぐさの建設工事も進み始めたのですが……理由までは当事者でないのでわたしはわかりません、とにもかくにも、工事は途中で止まってしまっています。もう工事が止まってから二年か三年経っているのではないでしょうか。

 今日歩いていて偶然に見つけたのは、ただしくは「ミュージッククロニクルYOKOHAMA(ジャズ喫茶ちぐさ保存会)」というそうです。古い雑居ビル、というか古いアパートの一室が店になっているような感じでしょうか。レコードやオーディオ装置は在りし日のちぐさで使っていたものがそのまま使われているようでしたし、野毛の店の前にいつも置かれていた電飾看板も店内に飾ってありました。店内は私と同世代かもっと上のおじさん、というか、おじいさん、ばかりでしたが。

 ジャズ喫茶に行き、高価なオーディオ装置で、大きな音量でレコードを聴くと、たいてい掛かっているLPが最高の一枚のように感じてしまいます。これはいい!ぜひとも手に入れたい、と思っちゃいます。もう二十年か三十年前だろうか、仙台のジャズ喫茶カウントでたまたま入店したときに掛かっていたレコードが良くて、それと同じCDあるいは、その演奏者のCDが欲しくなり、近くにあったタワーレコードに走ったこともありました。いまはジャズ喫茶は絶滅危惧種のようだし、町の中のCDショップも減りましたから、こういう行動もできないでしょう・・・かね?でも意外と新しい形式のレコードバーは増えているのだろうか。

 今日はこの仮ちぐさ(という言い方はここで私が思いついたものですが)では、マイルスとソニー・ステットとブルー・ミッチェルのレコードを聴いてきました。

 夕方になるとさすがに少し冷えてきます。関内の駅の近く、数年前まで横浜市役所として機能していた村野藤吾設計のモダニズム建築は星野系のホテルomo7に改装され、そのすぐ隣には新しい高層ビルが建ちました。その低層階にはカフェやレストランや店舗が入るらしい。まだオープンしていませんでしたが、もうすぐにこの新しい施設もオープンするのでしょう。横浜スタジアムの近くなので、イベントや野球のある日には混雑するのでしょう。

 そんな新しい建物のすぐ横には取り壊しが決まっているのか古いビルがありました。二階にあったチェーン系の喫茶店も閉店していました。そのビルのすぐ横には大きな辛夷の木があります。そろそろ開いた花も付けていました。白い花。暮れ行く夕方のなかで、いつまでも白く光っているような辛夷の花。

2月が終わる

 むかしでいえば喫茶店、いまならカフェと呼ぶ方が多いでしょうか?どこが喫茶店とカフェの境界かはわかりませんが、とにもかくにも「少なくとも」珈琲が飲める店で読書をすることは日々のなかで比較的すぐに達成出来る、したいこと、です。キッチンで珈琲を作り、その珈琲カップを持って自室へ戻り、この記事を今書いているPCが置かれた机に向かい、ちゃんとそれなりに座りやすいビジネスチェアに腰かけて、本を読めばいいじゃんねえ、とも思うものの、自室ではなかなか読書が進まない。ついつい他のことをしてしまう。スマホやPCでなにか調べてしまったり、PCで写真を加工してしまう。テレビを付けて観たい番組がなければHDDに録画してある何度も見た番組を、また見たりしてしまう。「してしまう」と書くのは、自分のなかで、これらの行為より読書の方が、本来ならするべきこと、質の高い意味のあること、だという認識があるってことですね。なのに自室だと読書になかなか行きつけない。それがバッグに読んでいる文庫本を入れてカフェもしくは喫茶店に行くと、そこにもスマホは持参するし、結局は読書をせずに自室と同様にスマホをいじってしまう時間も多いけれど、でも読書時間がゼロにはならない。言い替えると自室だと、読書時間がゼロになるんです。そう出来るのはなぜなんだろう?テレビないです、その他、自室にあるこまごまとしたものがカフェもしくは喫茶店にはない。そうか、これは自室で果たせていない架空の断捨離された自室のような状況が、カフェもしくは喫茶店にあり、そこが読書に適しているから、そこに行くことを、求めてしまうのでしょうね。では自室にあるものを捨ててしまって、カフェもしくは喫茶店のような自室にしたいのか?と言えば、したくないですね。何回か前のこのブログに書いたけれど、いまは、滅多に使わなくても、あるいは未来に一回も使わないかもしれないけれど、その物になんらかの思いや記憶や期待や妄想が宿るのなら、捨てない、という大方針を採用することに、当面しています。断捨離はしないのです。それで、反動のように読書をする場所がカフェもしくは喫茶店になるんだろうか。

 カフェもしくは喫茶店で読書をするとき、出来れば90分以上、可能なら120分はそこで読書していたいです。でもカフェもしくは喫茶店の経営のことを考えると、利益額に対する顧客占有時間として、申し訳ない気もする。ならば、途中でなにかを追加注文すると、こっちの財布は寒くなりますね。

 なんだかなあ、結局そうなるのか・・・とも思うのですが、これをかなえてくれるのって、結局はスターバックスやタリーズになっちゃうことが多いです。

 写真は鎌倉の材木座にある某カフェです。90分はいなかったけれど、それでも60分はいて、読書もできました。お腹が空いていたので、この上の写真の珈琲と一緒に、玉子サンドも食べました。正確には玉子と沖縄のスパムも入っているスパム玉子サンド。窓が色ガラスで、こんな黄色っぽい光が指していました。ある月のある曜日にだけシナモンアップルパイを作りそれが売られるということがメニューに書いてありました。そしてどうやらその日にうまく当たってる。限定に弱い私は、帰りがけに、それをひとつ、テイクアウトしてしまいました。帰宅して家で食べましたよ。紅茶と一緒に。1月のことです。

 明日からはもう3月ですね。自分の感覚では1月は長い、2月はすぐに過ぎます。1月は31日あり、2月は28日なんだから定量的にもそりゃそうでしょ、とも言えますが、なんかそれだけでない、感じがします。

 スパム玉子サンドの写真も載せておきます。

 

記憶だったが、記憶からも脱落した出来事

 このブログも18年目で、このブログを見返すことで、過去にあった出来事がいつだったのかを確認出来たり、もう忘れかけていることを思い出したりするので、備忘録のような役目になってきました。もうひとつ、自分の撮ってきた写真を見返して、全体傾向として写真がどう変わったかを見ることもできるはずです。ところが、あんまり変わらない気がします。備忘録と書いたのですが、それを読んで、あぁそうだった、と思い出すことができれば良いのですが、何度、読み返しても、そこに書いてある出来事を思い出すことが出来ないこともあります。

 記憶はシナプスの反応状態だと読んだか聞いたかしたことがあります。そう聞いたときに思い浮かべたのは、街路樹の幹から枝へと、複雑に、大量に、巻き付けられたイルミネーションのひとつひとつの電球(LEDイルミネーション用ライト、と言うらしい)が、この記憶のときはこの枝とこの枝を点灯させあとは消しておく、別のあの記憶のときは今度はこっちの枝とあっちの幹の上半分を点灯する、と言う、すなわち十一面観音菩薩の手旗信号のようなパターンが記憶のひとつひとつの鍵になっている、そんなことを思い浮かべました。合ってるかな、間違ってるかな。すなわち一つの手旗信号が、ブログに記載された過去の出来事を読むことで、それと連動してその記憶に紐付けされた形に電球がパターン点灯し、その点灯した信号を手始めに、別の手旗信号が連動点灯することで、そう言えばあのときは…と言うように、記憶がずるずる引き出される記憶の連鎖が起きる、と言う感じを思い浮かべたわけです。

 ところが過去記事を読んでも、この最初のパターン点灯が起きない。記憶のスイッチとなるはずの過去記事を読んでも、スイッチが壊れてるか、電球が切れているのか、なにも思い出せないことがあるようです。すなわち長いことブログを書いていると、そのブログは備忘録になる一方で、記憶からこぼれ落ちてしまった、ゆえにこのブログは、既に記憶とは言えなくなった過去の覚えていない出来事の記録場にもなってます。そういう物を読むと言う行為はどう言う意味合い、と言うか、どう言うことなのでしょうね。

 もしかすると第三者が書いた日記めいたもの、偽日記かもしれないもの、を読んでいるのと変わらない。 

 結局このブログには写真のことを書いてることが多いので、写真行為に置き直すと、ファウンド・フォトで知らない誰かが残した大量の写真(蚤の市から買ってくる?)からセレクトして作品とする行為は、セレクトの結果、ひとつ遡ると作家のセレクト眼やセレクト基準を示すことを作品としています。ここを認めないと、ただの盗作とかパロディになるんじゃないか。あるいは収集して整理してセレクトしてまとめ直すと言う「修復行為」のようなことが、作家表現と言う作品と言うことです。

 では、自分書き残した日記から既に読み直してもなにもシナプスが反応しなくなって忘却された、記憶のようなもの、これを集めてみたら、それはどう言うことなんだ?なんとなくの直感みたいなものですが、ファウンド・フォトと似てるかな。

浮世絵のおじさん

 1980年代に荒俣宏「帝都物語」という文庫にして全10巻くらいに亘る、SF超大作小説がヒットし、私の会社でも、本好きの仲間たちのあいだで話題が沸騰したものです。その小説の後半の未来編に描かれている乗り物は、自転車が進化してスピードを獲得したような物で、それを凶器として使う人たちが現れる、記憶が確かならば、そういうものでした。写真に写した、最近になりそこら中で見かけるこいつ、電動ボード?を見ると、小説のその場面を思い出します。という上記の話は、このブログにも近い過去に書いたと思います。またか・・・人が考えること、覚えていることって限りがあるなあ。

 この日、もう十日ほど前ですが、原宿の太田記念美術館に浮世絵のおじさんにスポットを当てた展示を観に行きました。浮世絵、とくに歌川広重の東海道などは主に広角レンズ~標準レンズクラスの街角スナップみたいだな、そして、カメラが普及してくる前に、浮世絵師によって、画面構成のバリエーションや、スナップにおける決定的瞬間すなわち街中にいる市井の人々の動きにも起きている決定的瞬間、広重の絵でいえば、大風で編傘が飛ばされて転がって行くのを慌てて追っかけている男がいる絵とか?、そういう画面構成はすでにすべて発明されていたんじゃないかな、と思ったこともありました。これもたぶん、このブログの過去に書いている。

 この展示のいいところは、絵を見るきっかけの一例を提示してくれていることだと思いました。ちょっと絵を一瞥して、そこになにが描かれているかをちゃちゃっと認識して、それでもう絵を見終わってしまう、というところから、もうちょっと詳しく見ると気づきがありますよ、たとえばおじさんを見ていったらどうですか?ほら、とたんに面白く絵を鑑賞できるでしょ、というように。そして、そうやって絵の前で立ち止まっていると、暮れ行く空のグラデーションの美しさに気が付き、刷り物であるのに、なんでこんなことが出来るんだろう?と思ってみたり、あるいは外にいる人々の女性比率が低い気がしたり。女性はハレの日に着飾って名所見物に行く以外の日常では家のなかで仕事ばかりしていて、そとでのんべんだらりとしていたのは男だったのかな?と思ったりもしました。

 太田記念美術館のあとは、明治通りでいいのかな、渋谷の方へ歩いていき、リコーのGR TOKYO、リコーのGRシリーズカメラの展示やハンズオン、そのカメラで撮られたプロ作品のギャラリーなどがあるカメラ好きに寄り添ったおしゃれな場所に、寄りました。ソファーがあり本棚には写真集が何冊も置いてあります。アメリカのニューカラーを源流とする写真家の本が多く置かれているように感じます。

ありふれた日々

 本日は2/14、暖かな日になりました。昼頃に、ヒートテックの下着、コーデュロイシャツ、ウールカーディガン、薄いダウンジャンパーで出かけましたが、駅まで歩いて行く25分ほどのあいだに汗をかいてしまいました。そこでジャンパーは脱いで、ショルダーバッグの肩紐に括り付けて歩きました。

 江の島という観光地の最寄駅は小田急線の片瀬江ノ島駅がいちばん近く、次に江ノ電江ノ島駅、さらに湘南モノレール湘南江の島駅もあります。さてここまで書いて、江と島のあいだがカタカナの「ノ」なのか、ひらがなの「の」なのかはスマホの変換に任せたら、両方ありますね。これで合ってるのかな?そこまでの正確性はありませんよ。

 そのモノレールの湘南江の島駅から、観光地の江の島には向かわずに、反対の方に、すなわち北の方にちょっとだけ歩くと常立寺があります。しだれ梅の木が何本かあるので、ふと思い立って行ってみました。すると境内は梅まつりの日で、手作り雑貨や食べ物や飲み物を打ってるテントが並んでいました。甘酒飲もうかなぁ、珈琲飲もうかなぁ……と思ったものの、なにも飲まずに、ほぼ満開の梅を眺めて来ました。

 そのあとに近くの腰越の街区を歩いてみました。バス通りから一本折れた住宅地のなかに小籠包と書かれた幟が見えました。そこで店の前まで行き、メニューを見ると、小籠包三個に、炒飯(何種類かの中から選べる)もしくは麻婆丼のセットのランチがありました。ちょうど昼時だったので入ってみました。わたしが食べていると子供二人を連れた四人家族が、やって来ました。子どもは上が五歳、下が三歳、くらいかなぁ。この下の男の子が、よく聞くイヤイヤ期の真っ盛りで、とにかくご両親が提案することは全て全否定するのです。ここまで百パーセント、なにからなにまで否定するところを見るのは初めてで、驚きました。微笑ましいと言うか可愛いというか。帰宅して調べてみるとイヤイヤ期は第一反抗期とも呼ばれ、脳が発達している、感情が豊かになっている、社会性を身に着け始めている、それらの現れだと説明されていました。最近流行りのAIによる回答です。

 話、変わります。その店には小籠包の食べ方が図解されていました。蒸籠から小籠包を、破れないよう気を付けて中華スプーンのうえに載っける、箸で啄いて汁を出し吸って飲む、生姜や黒酢をお好みで使い食べる、以上。はい、知っていましたよ。だけどこういうことっていつから知ることとなったのかな?そもそも、覚えてないけど、小籠包と言う単語をはじめて聞いたときがあったわけです。

 はじめてファミレスに行った、はじめてペットボトルのお茶を買った、なんなら、はじめて喫茶店に行って珈琲を頼んだ……覚えてないなぁ。だけど、覚えている「はじめて」ももちろんありますね。はじめてティッシュペーパーを見て一枚出してみたときのことは覚えてます。はじめてカイワレ大根を食べたときのことも。

 こんなの人それぞれなのでしょうね。

 このブログは18年も書いてるから、過去記事を読むと、どこかに覚えている「はじめて」のことは概ね書いてるんじゃぁなかろうか……

 

 さて、昨晩ここまで書いて、あまりに中身のない文章なのでアップせずに下書き保存しておきました。だから、今は日が変わり、2/15日曜。とある展覧会を見たくてJR東日本の電車に乗ってます。昨日に増して暖かい日。昨日の最高気温が14℃だったそうです。今日の予報は18℃です。そしてこの電車、たぶん車中の気温を検知してオンになるのでしょうか、さきほど冷房が入ったよう。ところが、こっちは手動で車掌さんがオフにし忘れてるってことなのかな、シートのヒーターはオンになっています。総じて暑いです。この電車に乗るまで、マンションから50メートル離れた、すなわちすぐ近くのバス停に行こうとしたら目の前をバスが通過して行き、次のバスまで20分。汗かきながら速足で20分強かけて、駅まで歩き、今度は20秒差で乗りたかった電車を逃しました。それに乗れれば複数の経路のうち、展覧会に行くのに最短時間に出来たのに。

 さて、こんな風に今日がここまで過ぎましたが、このわたしの心の動きは一体全体何なのか?ずーっとついてないことを小さく恨みながら過ぎて行く訳ですが。そんなことばかりに気を回さなければいいのにね。きっと駅まで歩いてるときに、春の息吹を見付けられたかもしれないのに。

 写真は二宮町にある吾妻山公園に登る途中の緩い坂道で撮りました。2週間くらい前かな。このブログにも書いた相州落花生の店に行ったときですね。このあと、キツツキの仲間のコゲラを見ました。コゲラは木の幹を啄いて虫を見付けて食べる。そんなにすぐに見付けられるものなのかな。ある場所を啄いて、虫を見付けられる、その成功確率ってどのくらいなのですかね?見付けられたのか、見付けられなかったのかはわかりませんが、次のトライのためにけっこうな速度で幹をササッと上っていく。ボルダリング競技の速度を競うやつみたい。もっとずっと効率的に素早く音もなく、忍者のように。いや、ボルダリングや忍者を、キツツキのように、と例えるのが本筋だろうな。彼等はいつ見ても上に移動してますね。ある一本を諦めたら、次の木の、比較的に下の方に飛び移るのかな。それからドラミングって言うのですか?啄いて虫を探し、上へササッと移動して、また啄く。これを繰り返すのですかね。下向きで啄くと、頭に血が昇っちゃってきついのかな。あるいは見付けた虫を取り落とす失敗確率が高いとか?きっと何らかの理由があるのだろう。いや、下に向かってくときもありますよ、と言うだけかもしれません。

 13日の夜に閉店間際の駅ビル一階の惣菜屋で鶏唐揚3個パックを買いました。消費?賞味?期限が同じ13日中になっていましたが、冷蔵庫に入れて、14日にふたつ食べました。ひとつを食べきれずに、また冷蔵庫に戻し、15日の今朝に、大丈夫かなぁ?と思いながらも電子レンジで熱々に加熱して、これならバイ菌も死んだだろう、大丈夫大丈夫などと思って、食べてみました。変な味もしなかったから、たぶん大丈夫。でもね、本当はコレ、バイキン問題じゃないんですよね。腐って毒素が出来てしまい、それは加熱しても分解しない。だから本当はそうなったら、いくら煮沸しても加熱しても、食べられないらしい。専門家の方が、もしいたら、これで概ね合ってますか?

 靴を何足か持っていても結局いちばんの頻度で使う靴は決まってしまいます。いまは3年くらい前に買って、買ってすぐはあまり使ってなかったKEENの真っ黒いJASPER NYLON WATER PROOFをここ2年近く、外出のときの70%くらいの頻度で履いています。ビジネス用の革の靴は、REGALの紐付きのと、少しカジュアルなスリップオンはROCKPORTのを持ってますが、稼働率は下がりました。そうですね……3年か4年前までは仕事では必ずこれらを履いていたのに、いまは会社のデスクの足元にREGALのを置いておいて、必要なときに履き替えることにして、通勤のときもKEENになりました。そもそも、スーツなど着なくなり、会社に紺とグレーのジャケットを、これまた置きっ放しにしてるんだった。いざとなったら濃い色のパンツのときはグレーの、明るい色のパンツのときは紺のジャケットを着て、これまた引き出しに置きっ放しのネクタイを結ぶ。世の中を見ていると、この数年でスーツを着ていても、こう言う目立たない黒いスニーカーを履いてる方、すごい増えてます。それはスーツを着てるけどネクタイをしてない方が増えるのと同期して増えて行った感じです。と思ったので、この前、国産ネクタイ生産量の年度別推移なんか、調べてしまいましたよ。暇ですねぇ……。ここ十年くらいで激減してましたね。全盛期の20%か10%かまで減ってました。最初のきっかけは小池百合子さんの提唱したクールビズがあり、コロナの時に否応なく働き方が変わるなかで、ネクタイマストと言う感覚がなくなってきたのでしょう。バッグもそうですね。今やサラリーマンの方々も多くは所謂リュックサックの形のデイパックを使ってます。わたしもほんの数年前まではショルダーバッグにもなるものの基本は手で持つ取手が付いてる長方形シルエットのビジネス用バッグを使ってました。PORTERとかの。でも四年くらい前から、デイパックになってしまった。在宅勤務も増え、会社支給のノートパソコンを持ち歩くとき、ノートパソコンはかなり重いので、一番楽なのはデイパックなのでしょう。

 ところで、わたしは、一時期、本をなるべく読書用のKindle的なやつで読んだだこともありました。いまはまったく使わずに、完全に紙の本に戻ってしまいました。




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