以下の内容はhttps://mirudakeartclub.hatenablog.com/entry/2025/10/26/230000より取得しました。


[建築物]★旧北海道拓殖銀行小樽支店(似鳥美術館)

(旧北海道拓殖銀行小樽支店。この写真だけ観ればパリの街角のよう)

★旧北海道拓殖銀行小樽支店(似鳥美術館)

 こちらは、北海道の開拓を目的に創設された「北海道拓殖銀行」の小樽支店の建物です。1923年(大正12年)に建てられ、小説『蟹工船』の作者としても知られる小林多喜二が、小樽高商(現在の小樽商科大学)卒業後、1924年(大正13年)に就職したことでも知られています。かつては「北のウオール街」とまで言われた交差点に位置しています。

(交差点の角地を意識して、アール型玄関ポーチが設置されていました)

 設計者は矢橋顕吉、小林正紹、山本万太郎。彼らは当時の大蔵省営繕課に勤務していました。銀行独特の古典主義的様式を採り入れながらも、古典主義独特の過飾性は見られず、アール型玄関ポーチ部分以外はいたってシンプルです。北海道では初めての鉄筋コンクリート造りの建物としても貴重。創建時には外壁にレンガ色のタイルが貼られていたそうです(1937年(昭和12年)の改築時に現在の外壁に変更されました)。

(右側、中心オーダーの在ったあたりが営業カウンター部分でした)

 上掲画像の右側、6本のトスカーナ様式中心オーダーに沿った部分が、営業カウンターでした。中心柱の右側(奥側)が営業室となっており、左側(手前側)が顧客の集まるホールとなっていました。小林多喜二の座っていた場所は(いまでは改築のためにわかりにくくなってしまいましたが)営業カウンターに向かって左奥側だったと言われています。少し見えにくいのですが、2階には回廊も残っています。

(ステンドグラスは、息をのむほどに美しいのです)

 ホールの床面には日本全図が描かれており、当時北海道拓殖銀行(たくぎん)が、日本を超えて樺太、千島、満州に進出していこうとする意気込みが伝わってきます。画像中央側、奥に在る瀟洒な窓のあたりが、角玄関ポーチの部分ポーチの部分になっていました。

(1階ホール。改装されて往年の雰囲気はないけれど、吹き抜けが気持ちいい)

 1990年(平成2年)に、イギリスの建築家ナイジェリア・コーツが「小樽ホテル」として内装を大胆に改装。当時は古建築再生のモデルケースとして脚光を浴びました。のち1995年(平成7年)より美術館、その後再びホテルを経て、現在は似鳥美術館となっています。

 

▢なお、こちらの掲載画像は、当ブログが独自に定めるガイドラインに基づき、ブログ運営者がみずから撮影したものです。

 

はてなブログの「ミュージアム」カテゴリーに参加しております。いつも1クリックありがとうございます。ブログ運営の励みになっています。

 




以上の内容はhttps://mirudakeartclub.hatenablog.com/entry/2025/10/26/230000より取得しました。
このページはhttp://font.textar.tv/のウェブフォントを使用してます

不具合報告/要望等はこちらへお願いします。
モバイルやる夫Viewer Ver0.14