
★旧尾田松造住宅(明治の家、東川町開拓羽衣公園)
こちらの建物は、1895年(明治28年)に香川県高室村から家族で入植してきた尾田松造が、1911年(明治44年)に建築した農家住宅です。尾田松造は開拓のために、忠別川の灌漑事業を組織し、現在の田畑開発の基礎を作るなどの功績で知られています。設計者は細川久八(宮大工棟梁)。建築当時の住所は、東川町西7号南5番地でありましたが、1987年(昭和62年)に東川町に寄贈され、現在の開拓羽衣公園に移築復元されました。明治期の忠別原野開墾農家としての歴史的価値も高いと思われます。

建築当時は、わら葺き屋根、のち鉄板葺きでしたが、移築に際して桟瓦葺き(さんかわらぶき)にしています。板張りと土壁を併用した外壁には、香川県の農家住宅建築様式が見られます。玄関横には出窓が設けられ、持ち送りに装飾が見られるほか、窓には手すきガラスが嵌め込まれています。奥には典型的な4間取り様式が見られ、畳敷きが3間、板敷きが1間となっていました。板敷きの間には炉が切られているのですが、炉は土間に向かって切られています。土間からの灰出しに便利だったからでしょうか。典型的な農家住宅であり、土釜戸(つちかまど)や五右衛門風呂などが残され(土釜戸が風呂場に設けられているのが面白い)、当時の農家暮らしが想像できます。

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