
★杉村和紀、中村武生「ひ孫がつくったドキュメンタリー上映「川口文書に見る明治期の永倉新八の動静」
北海道博物館、2025年8月24日(日)13:30
(WEBサイト→)
新撰組の幹部隊士として、会津藩の京都警護隊の一員として、幕末の京都で出会った二人は、その後、それぞれに特異な人生を歩み、ともに大正期に北海道でその生涯を終えました。本展では、二人の生涯をたどりながら、彼らが生きた激動の時代について探ります。

永倉新八(1839年-1915年)は、新撰組の幹部剣士の一人。江戸詰めの松前藩家臣の次男として生まれ、明治維新後は松前藩の医師・杉村家のむこ養子となり、杉村義衛と名前を変え、晩年は小樽で過ごすなど、北海道とのゆかりが強くありました。多くの幹部隊士が幕末から明治維新期の動乱で命を落とすなか、大正期まで言煮た永倉新八は、新撰組の活動を後世に語り継いだ生き証人と言えます。

栗田鉄馬(1839年-1917年)は、会津藩士。京都守護職であった藩主、松平容保(かたもり)の下で、京都警備に従事し、戊辰戦争では会津戦争にも参加しました。会津藩が新政府側に敗れると、「会津降伏人」の一員として北海道への移住を余儀なくされ、1871年(明治4年)には現在の余市町に移り住みました。明治10年代には札幌に居を移し、剣豪として、また絵師として、その名が知られたと伝えられています。
※なお、こちらの掲載画像は、当ブログが独自に定めるガイドラインに基づき、北海道博物館さま(HP)よりお借りしました。
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