以下の内容はhttps://miracchi.hatenablog.com/entry/2023/01/24/182532より取得しました。


ぼっちだって全然平気『平安ガールフレンズ』/酒井順子

こんにちは。

みらっちです。

 

いきなりのっけからなんですが、

みなさんは「リア充」でいらっしゃいますか。

 

リア充というのは、

「リアルが充実している人」のこと。

 

友だちが沢山いる、彼氏彼女がいる、

趣味や仕事がうまくいっていて

人生が順風満帆な状態を指します。

 

今はなにかと世知辛い世の中ですから、

異世界などに逃避してその世界での幸せを

夢見る人が増えている中、

現実の世界をエンジョイしている人は

この世をずいぶん楽しく生きているように見えます。

 

特にSNSなどで楽しさ満載のアピールをする人も

沢山いる今日この頃。

隣の芝生は青く見える、の通り

なんだか世の中の人みんなが楽しそう。

それに引き換え私はぼっち(ひとりぼっち)で

SNSも楽しめない・・・

そんな風に思っている人もいるかもしれません。

 

これ、千年前から全く変わっていない

と言われたらどうでしょうか。

 

千年前のリア充。

それが「枕草子」を書いた清少納言だ、と

酒井順子さんは言います。

 

そもそも酒井さんは「枕草子」を読んだとき、

「この人とは友達になれそう!」と思ったそう。

自分の自慢はするけれど、カラッとしていて

目の付け所は鋭く、いまでいう「あるある」を

たくさん見つける着眼点を持っていた清少納言。

 

きっと今なら渡辺直美さんも真っ青の数の

フォロワーがついたのではないでしょうか。

 

読書家が本の世界に友達を求めることは

日常茶飯事ではありますが、

酒井さんは千年前に生きた女性たちを

彼女たちの作品を通して鋭く分析。

そのうえで、

「この人とは仲良くなれそう」

「この人はちょっと仲良くなれないかな」

と思いながらも、

たとえ仲良くなれなそうなあの人たちのことも、

それぞれの良さを含めてちゃんと紹介してくれます。

 

ちょうど「ちびまる子ちゃん」のまる子が

クラスメイトをよく観察しているように。

 

『枕草子』や『源氏物語』は

これほど長く読み継がれた

文学作品であるにも関わらず

作者たちの名前は、例えば

「清原氏(親の姓)」の「少納言(役職)」

としてしか残っていません。

そもそも彼女が

「少納言」という役職だったかどうか

それすらもわからないのだとか。

 

紫式部もペンネームだそうで、

当時の女性の本名は誰も知りません。

藤原野道綱母、菅原孝標女、和泉式部もそう。

 

誰かや何かに属することでしか

存在しない「女」として、

それでも活き活きと自分自身の思いをつづったり

文学として昇華させた、女性たち。

 

今世間では「ワタサバ女」という

「自称・サバサバしている女性」の

漫画やドラマが話題のようですが、

清少納言は実際、ちょっとあんな感じ

だったのかもしれません。

(さすがにあそこまで空気が読めない

ということはないと思いますが)。

 

www.nhk.jp

 

それでも、後ろ暗さがなく、

妬みや嫉みはカラッとエッセイで昇華して

宮中の女房というキャリアを楽しんでいる、

しかも「そうそう!そうだよね!」

と共感できることを沢山話してくれる。

そんなところが酒井さんは

お気に入りなのだそうです。

 

外国語に翻訳される現在、

清少納言と感性が響き合って

友達になりたいと感じる人は

世界中にいるのだとか。

 

ところが紫式部は、

ちょっと「こじらせ系」なんだそうです。

自らのキャリアは

そもそも自分の求めた理想ではなく

かといって

働いていない女性に対しても手厳しい。

かなり根の暗い

ネチネチした部分があったと酒井さんは分析。

しかしよく言えば

根気強く批判精神旺盛で記憶力抜群。

そうでもなければあんなに長い物語を

構築できなかったに違いないと言います。

 

自分の境遇を嘆いてばかりで

それこそ空気が読めず、

老後の心配ばかりしている道綱の母を

「道綱ママ」と呼び、

菅原孝標の娘を

「中二病をこじらせ物語沼にいるオタク」といい、

朝ドラ『舞い上がれ』の舞ちゃんも真っ青の

あざとい天性の魔性にプラスして

和歌の名手としての名声をもつ和泉式部は

好奇心旺盛で奔放でマイペース、

と評価しています。

 

酒井さんの人物評を読んでいるだけで

「なんかそういう人知ってるかも」

という気になってくるから不思議です。

 

和泉式部については、私は、

フランスの歌手ダリダと似ているなと思います。

歌手としての名声を得ても、

愛する人みんなが亡くなってしまうダリダ。

 

www.bunkamura.co.jp

 

並みの女性が手の届かないモテと才能の代償に

様々な不幸

(最初の夫・兄親王・弟親王年に分かれ

娘も若くして亡くなってしまう)

を引き受けていたからこそ

和泉式部は

「女に嫌われる女」には

ならなかったのでは、と、

酒井さんは言っています。

 

ところでこの平安のガールズたちは、

全員が「受領の娘」。

 

受領というのは、当時国司として

日本全土に派遣されていたいわば転勤族。

 

どこの地方に行くかによって

その豊かさなども

違っていたかもしれませんが

彼女たちは一度は「京」というみやこを

離れていた、ということが共通点です。

 

そして酒井さんはこう言います。

 

まず、その「高すぎない」という身分が

ものを書くにはちょうど良かったのではないか

 

なるほど!と膝を打ちたくなる言葉です。

 

東宮や天皇に輿入れする深層のお姫様には

和歌は読んでも何かプライベートなことや

不平不満や憧れなどを自由に書くわけには

いかなかったでしょう。

 

受領の娘であった彼女たちは

適度な自由を得て、世間を知り、

ミヤコ以外の土地に住んだ

経験がありました。

 

また「女房」として仕事に就くなどして

女性の人生としても

様々な経験を積んでいます。

そのうえで、ひととおりの教養も

身につけている。

 

それが「受領の娘」が「書きたい」と思い、

みなが「読みたい」と思った理由なのでは、

と酒井さん。

 

実に納得感があります。

 

本の最後に、歌人の栗本京子さんとの

対談が乗っていて、それにも

この本のエッセンスが

ちりばめられていると思います。

 

ここでは、和歌という側面から見た

平安ガールズたちについても

面白く読むことができました。

 

少し気が早いですが2024年の大河は

『光る君へ』という

紫式部の人生を描くものだとか。

 

いまからちょっと

平安ガールズたちの

生き様をのぞき見してみるのも一興です。

 

「この人とはちょっと話してみたいかも。

サイン欲しいかも。

ライン交換してみたいかも」

と思う人がいるかもしれません。

 

私なら和泉式部にサインをもらって

孝標の女(むすめ)と

オタク談義をしたいかな。

 

彼女たちと語らっていたら

リア充でなくてもぼっちでも

全然平気な気がします。笑

 

 

 




以上の内容はhttps://miracchi.hatenablog.com/entry/2023/01/24/182532より取得しました。
このページはhttp://font.textar.tv/のウェブフォントを使用してます

不具合報告/要望等はこちらへお願いします。
モバイルやる夫Viewer Ver0.14