横浜への出張があって、今は帰りの新幹線に乗っている。乗る前に、ちょうどお昼時というのもあって駅弁を買うことにした。
駅弁はいい。新幹線に乗る楽しさのうち、7割くらいは駅弁だ。スーパーやコンビニに売っている弁当とはまた違う、「駅弁」という一つのジャンルになっている。
名産品を使い、海の幸・山の幸を押し出し、それぞれに工夫を凝らされた駅弁は、選んでいるときも楽しい。多種多様な駅弁を眺めているだけでも価値がある。
と、書いてみたはいいものの、今日に限ってはこの話の半分くらいが嘘だ。正確には「名産品を~」のくだりから丸々嘘。
なぜなら、今日僕が新幹線に乗ったのは新横浜駅からだ。新横浜駅から新幹線に乗るとき、駅弁は崎陽軒のシウマイ弁当以外は選ぶ気がないのだ。
崎陽軒のシウマイ弁当以外を選ぶというのは、僕にとって横浜への冒涜に値する。そんなことはできない。
枕詞のようなものだ。「あしびきの~」ときたら「山」が来るように、「新横浜~」ときたら「崎陽軒のシウマイ弁当」と来るのだ。圧倒的に美味しいというのはもちろんだけど、それ以上に味という概念を超越した約束ごととして存在している。
もしかしたら、崎陽軒のシウマイ弁当より美味しい駅弁は探せばあるかもしれない。だとしても、僕はシウマイ弁当を選ぶだろう。そもそも他の駅弁を探すということもしないだろう。それほどまでに絶対的なものとして君臨している。
最後に、そんなシウマイ弁当についての悩みごとについて書きます。
シウマイ弁当に入っているシウマイは5個なのに対し、俵型のご飯が8ブロックある。1シウマイに1ブロックなのはいいとして、残り3ブロックのご飯を何で食べるかということを常に迷っている。
今日は唐揚げで2、卵焼きと昆布で1という形だった。本当にこれでよかったのか。鮪の漬け焼きの方がよかったんじゃないか。食べ終わったあともずっと迷っている。