むかしむかし、父親に「卑怯なやつがいちばんだめだ」と言われたことがある。であれば、当然、今の私は「いちばんだめ」なのだと思う。
わたしはかなりハッタリが上手い。その実力にはっきりと気づいたのは、もう何度目かも分からないバイトの面接のときだった。
4年間勤めた居酒屋は、実家を出る大学2年生の春にやめることになった。さて、次のバイトを探そうか。わたしが選んだのは、とある高級喫茶店だった。
「志望動機は?」
何も考えていなかった。だが、その場の口八丁手八丁で自らをそれらしく見せることだけは、人並み以上に上手かった。人に笑顔を見せることは、苦手じゃなかった。
「私は長年のバイト経験を通じて、マルチタスクを身につけました。次に自らに必要なものは何か?と聞かれたら、社会に出るための本格的な礼儀作法だと考えました」
そんなようなことを言ったと思う。
嘘だ。
居酒屋バイトで学んだのは、焼酎とウイスキーの違いだけだった。コンビニバイトでは、雑誌についてくるふろくは持って帰っても良いということだけ。
それすらも、大して身につけないまま、私は職場を去っているのに。
嘘を付くことに対する罪悪感は無かった。
時給が決まった。私は経験を買われて、周りの人よりも少しだけ時給が高かった。
その時はただ、嬉しかった。
私の頭の実力は100人が直視したら100人が大したことないな、と思うようなもので、私もそれは痛いほど自覚していた。
それでも、要領だけはすこぶる良かった。
良くしてくれている教授に学会に連れ出されて、ポスター発表をして、それを元になんとなく卒論を書いて、学部の代表論文に選ばれた。
先輩の論文を読んだ。自分の論文を読んだ。見ないふりをするのは上手かった。
卒論のデータは、提出して直ぐに消した。
ネットで小説の公募を見かけて、昔書いた文章がテーマと噛み合いそうだなと思ったので、ほとんど見直しもせずにそのまま送った。
何かに応募するのははじめてだった。応募した後に読み返した自分の作品は、本当にどうしようもなかった。誰かに評価されるためだけの文章だった。送った事実も忘れていた。
受賞した。してしまった。
自分が認めていない作品が、好き勝手に様々な事を言われるのが、恥ずかしかった。
人に好意を向けてもらうのも上手かった。人がして欲しいことと自分のしたいことが、たまたまだいたい噛み合っていたからだ。
上手くいっては失敗して、失敗したものを取り戻して、諦めて、そんなことを繰り返しているうちに、過去の記憶はどんどん奥底へとしまいこまれていった。
大切なものが指の隙間から砂のようにさらさらとこぼれおちる今この瞬間がどんなに悲しくても、大抵のものはいずれ代替できるのだからとどこか冷めたような気持ちがあった。
心を守るために自らに嘘を付いているのだとわかっていても、私は私を騙すのが上手すぎた。
そのうち、精神に支障をきたした。何もできずに、ただ窓辺で歌っていた。2ヶ月で体重は10キロ落ちた。
その間、私は自分の心身のパラメーターを眺めながら、幸せと不幸せのゲージをぼんやりと上下させていた。今の状況がどれだけ苦しくても、未来の私が苦しんでいる姿が、少しも想像できなかった。
今の苦しみに負けそうになることはあっても、まあ長い目で見ればなんとかなるのだろうな、と思っていた。実際に、衣食住に愛情と労役が存在している今、全てはなんとかなっている。
私の生活に根ざした過去の悪夢のほとんど全ては、綺麗さっぱりなくなった。
実力があるのだと思う。なんとなく、何かをなんとなく上手くやって、「大丈夫」「当然」「余裕」という顔をして、そのうちに本物っぽい何かにする能力があるのだと思う。
私は自分のことを心底卑怯な人間だと自覚している。
自覚していると伝えることが、私にとっての贖罪だったからだ。
きっと、あこがれの未来は遠くないのだろうと、懲りずに自らをだましだまし納得させて
恥ずかしげもなく祈った。
幸い、あまたの思い出だけは、いつでも私を傷つけ、癒した。
思い出だけは私の意思ではどうにもならなかった。
思い出が引き起こす痛みだけが、私の感情を裏打ちした。
心地がよくて、そんな心の動きに安心して
ふと見上げた月の美しさで跳ねる心音や、ある日の春の暖かさによる高揚が、嘘ばかりの私を今へ引き戻す。
はじめははったりでもいいから、今は「いちばんだめ」でもいいから、いつか理想の自分になれることを願ってまた一歩
もう一歩