両親が海好きだったため、幼少期はひっきりなしに海に連れていかれた。いつものように海に行き、いつものように浜辺を歩く。割れた貝殻や湿った流木の近くに、ビニール袋のようなものが落ちている。棒でつついたり、ぷにぷにと触ったり、姉と投げあって遊んだこともあったかもしれない。なんだかぐにょんと潰れていて、生きているのかも死んでいるのかも分からなくて、気持ち悪いけど、触れないほどではない。それが、私がクラゲに抱く感情だった。クラゲが愛されていることを知ったのは、いつだったろうか。水族館で、クラゲは人気者だ。事実、幽霊のように薄透明な膜を優雅に動かし、水に愛されていますというような顔している彼らは、美しく見える。だが、私が知っている彼らは、床に落ちているビニール袋だ。間違いなく水中の女神なんかではなかった。断言するが、水族館のクラゲと、海のクラゲは、全くの別物である。世界がただ同じようにクラゲと呼んでいるだけで、あれらは全く違うものだ。あのライトアップされた水槽を優婉に揺蕩うクラゲはなんなんのだ。あのぬめぬめしていてつつくと水が出て、ピクリとも動かないクラゲは、いったいなんだというのだ。