こんにちは。mimikobitoです。
はじめに
昨日の記事では、
イラスト付きで盛大に感謝しつつ、
飼っているクサガメのきっちゃんと、
冬眠入りお別れセレモニーを終えたところでした。

太陽が出て少し暖かかった昼間、
ふと庭に出たら、
甲羅干ししているきっちゃんと、
目が合いました。。。

秋の夜長にひとり時間
きっちゃんには肩透かしを喰らいましたが、
わたしにとっては嬉しい勘違いでした。
たっぷり背中を撫でてやり、
きれいにしてあった小屋をもう一度、
入念にお掃除して水を交換しました。
あぁ…わたしも一緒に冬眠したい(笑)
今日は一日中わたしにしては珍しく、
頭を空にしてボーッとしました。
昨日のようなお笑いネタは浮かび上がってこず、
それならお休みしたっていいとのんびりしました。
ポカーンとするのは久々です。
思考量が多すぎるのに慣れていて、
自覚していないだけで脳神経は常にフル回転。
何も考えないことができる自分を、
思い出せた気がします。
「急がば回れ」を学習できたのかもしれません。
秋という季節のせいでしょうね。
自虐ネタが怒涛のように沸き起こり、
ウキウキくだらないイラストを描く自分も、
夕焼けが恋しいくせに、
もしもちゃんと見てしまったら、
泣きそうだからやめようと思う自分も、
同じわたしなのだと思うと、
人間というのは本当に変な生き物だなと
つくづく身にしみて感じます。
ここで出会う方々はみなさん違った境遇であり、
大家族の方もご夫婦おふたりという方も、
それぞれだと思います。
夕飯の支度や子供達の世話で、
夕焼けどころじゃない方々が大半だと思います。
助走をつけて飛び蹴りしたくなるかもしれませんが、
ひとりチームのみなさんを優先させてしまいます。
ごめんなさい。
午後の時間をのんびり過ごすうちに、
なんとなくわたしと近い境遇のみなさん…、
シンプルに現在一人暮らしだったり、
家族がいても孤独を感じている方に向けて、
書きたい気分になったのです。
ひとりの世界なんて無縁だという方も、
そんな世界もあるのかと興味がある方は、
どうぞ引き続きお付き合いくださいね。
違う世界を垣間見ることができるのが、
ブログの醍醐味だったりしますもんね。
だからわたしは自分とは全く違う世界の、
記事を読ませて頂けることを楽しんでいます。
結婚や子育てや和気あいあいの大家族の日常…。
自分がこの人生でできなかった体験を、
擬似体験させてもらえるんですから、
ありがたいと思っております。
突然思いついたオマケ物語
「すりガラス越しの夕焼け」
この実家で唯一の西側窓は、
昭和レトロなすりガラスだった。
それほど大きくないその窓からは、
右手にピラミッド型の小ぶりな山が見え、
左手には雑多な住宅街の屋根越しに、
A4サイズほどのアートでしかない、
縮小された夕焼けを垣間見ることができる。
瀬戸の夕陽の断片を感じられるのは、
この小さな部屋の小さな窓だけだった。
すりガラスの下側が飴色に変わり始めると、
子供の頃よく食べた飴玉をいつも思い出す。
ちょっと濃いめのと薄めのがあって、
濃い方が好きだった気がする。
飴色がすりガラスに染み込むと、
今度は上側から蒼(あお)が降りてくる。
青ではなくて蒼。
上下の色調が微妙に変化していくと、
ついすりガラスに手を伸ばしたくなる。
開ければいいのに。
開けて観ればいいのに。
腰を上げかけてやめた。
まともに見たら泣きそうだった。
線香花火の玉が雫になって、
じゅっと消えるみたいな気分になりそうだった。
すりガラス越しぐらいがちょうどいい。
龍の背に乗せてもらって、
西の地平線に龍と共に突っ込む自分を思い浮かべる。
東洋の伝説では龍が太陽を東から西に運ぶ。
わたしは黄金色の光をまとい、
龍の背に乗って地平線の彼方に突っ込む。
隕石でも落ちるぐらいの衝撃で。
そんな衝動に駆られる。
消えてなくなれたらいいのに。
何度も何度もそう思うのに、
結局は漆黒の闇に突入するだけ。
夜という闇でわたしは毎日死んで、
東の青龍が毎朝わたしを迎えに来る。
秋から年末年始をひとりで過ごすということ
わたしの人生の大半が、
クリスマスも正月も知ったことかという、
感じだったと思います。
もちろん子供の頃は世間と同じように、
ケーキもサンタさんもプレゼントもあり、
恵まれていたと思います。
ナース時代は不規則3交代が大半で、
年末年始は常に勤務していました。
既婚者や子供のいるスタッフを優先してあげたかったから。
独身チームが犠牲になったのではなく、
値段の安い時期外れに旅行予約が取れるメリットもあって、
お互い様でうまく回っていましたね。
夜勤のない業務に少しずつフェードアウトしても、
相変わらず家庭のある人に譲り続けていたので、
一般家庭の伝統的イベントとは無縁だったと思います。
20歳代は各種宴会や友人や彼とのイベントも入れて、
30歳代はほとんど三宮のライブハウスで年越しライブ。
そのままミュージシャン友達と朝までどんちゃん騒ぎをし、
元旦の昼前にマクドで友人とボーッとしていたような、
メチャクチャやりたい放題な時代もありましたね。
さすがに40歳代以降はおとなしくなりました。
もう遊び尽くして飽きたというか懲りたというか。
母との死別もあり、実際は体力も気力も落ちたようですが。
ひとりの正月っていうのは、
わたしの場合本当に何もしないんですよね。
一時期はひとり年越しそばとかちゃんとやってました。
いっときハマってもち米炊いてひとりミニ餅つきとか、
ウケ狙い程度にやったりもしました。
でもここ数年は全く何もしていません。
気が向いたら日の出を見に行ったりもしますが、
そのまま放浪して迷子になったりとか(笑)
普通に初詣とか、行ったことありませんでした。
誰もが家族親族和気あいあいとするなかで、
人と違う単独行動しているのに何故か、
寂しく引け目に思うことはありませんでした。
むしろ自分の世界なんだよなこれが…と、
ほっこりすることさえある変態です(笑)
そういうわたしでさえ、
たまには今日のように夕焼けを見ただけで、
泣けてくる日もあります。
でもひとりのメリットというのもあって、
その感情に浸ることによって、
自分オリジナルの人生の彩りが増すんですよね。
今日の夕焼けで感じたことは、
他人と共有できないどうってことない日常ですが、
自分と自分自身が共有できる財産なんです。
いつも言うことで重複しますが、
ひとりでいるおかげでわたしは、
自分との思い出がたくさんできます。
最後に対話する相手との思い出です。
それは一番色褪せることのない、
誰にとってもその人にとって最高の、
アートであり歴史になるはずです。
人生はシアターだと思います。
ある読者さんが別記事でコメントくださったように、
わたしは自分の人生をアートとして、
シアターに映し出すように生きています。
女優さんやモデルさんみたいじゃなくても、
自己満足・自己演出の世界なんですから。
誰にも迷惑はかかりません。
ひとりというメリットを大いに活かし、
今年もまたこの寒い季節の間、
自分だけのドラマを演出したいと思います。
幸い今年は例年と違い、
ブログという表現の場がありますからね。
また新しい歴史が刻めそうです。
おわりに
自分でも何が言いたいのか、
わけわからんノリではありましたが、
所詮は闇鍋ブログ…。
普段友達とカフェで会話する時、
果たして起承転結とか伏線を考えてとか、
事前に準備してる人いるんでしょうかね?
結婚式のスピーチとか営業トークとかは別として、
ただのおしゃべりの時限定ですが。
わたしはついついカフェでの友人との会話を、
そのまんまブログに持ってきてしまうようでして、
これが欠点にもなれば味わいにもなるのかなと、
最近居直っております。
実際これまでに星の数ほど多くの方々と、
リアルな対面でのコミュニケーションをしてきたがために、
対話調の癖が抜けきらないんでしょうね。
どこに何が仕込まれてるかわからないという、
ヒヤヒヤ命がけ感がクセ強すぎなのもわかってますが、
今日もありのままの自分で書かせていただきました。
長くなってしまいましたね。お疲れ様でした。
また明日は別の自分に生まれ変わって、
どんなのが出てくるか自分でも楽しみにしています。
最後まで読んで頂きありがとうございました。