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ホエールウオッチングでもしてみようか

フランス語の勉強を始めたら、別の世界が見えて来た

 どんなに願っても、喉から欲しいものはすぐには得られないと分かったら、もう期待するのはやめにした。怪我をした左足だけでなく、良い方の右足までも痺れて歩きづらい。そりゃそうだろう、悪いほうの左足を毎日庇って歩いているのだから、良い方の足もダメージを逃れられないのは当然だ。ならば、足のことなど気にするのを忘れてしまおうと考えた。要するに、何かに没頭して、そんな厄介者のことなど眼中にないというスタンスで生きるべきなのだ。だが、果たして、足のことにしか興味がない私にそんな高尚なことができるだろうか。足の痛みに半年以上悩まされ、足の痛みさえなかったら、何でもできるのにと一縷の望みを抱いていたが、徒労に終わった。

 集中力がないので、勉強は無理と決めつけていたが、NHKラジオのフランス語のテキストを手に取ってペラペラ捲ったら、あら、不思議、おバカな私でもちゃんと理解できた。だが、フランス語の作文に挑戦してみたら、何のことはない、しどろもどろになり全くできない。今はただ、テキストを読むのが精一杯で、とても以前の熱中していた頃のレベルには及ばない。それでも、可笑しなことに集中力だけはあると見えて、今のところ三日坊主で終わる気配はない。それというのも、テキストをいつも敷きっぱなしの布団の枕元に置いているせいで、手に取りやすい。本棚にしまってしまったら、すぐに忘れてしまい、折角芽生えた好奇心が消えてしまいかねない。

 要するに、目に付くところに置くことで、なかなか行動に移せないが、やりたい行為を習慣化してしまうのだ。これは昔読んだ行動原理学の本か何かに書いてあったことを実践したまでのことだ。「あなたがやりたいことを習慣にできないのは、あなたの性格のせいなんかではない。ただ、やり方がわからないだけで、手段を選べばいいだけのことなのです」と努力できないダメな自分を励ましてくれていた。例えば、英会話を勉強したいと心から望んでいるのに、家に帰るとだらけてしまってできないと嘆く人には、こうアドバイスしていた。「いつもテーブルに英会話の本を置くようにし、家に帰って、ソファに座ったら、それを手に取るようにする、それだけで、努力しなくても勉強する体制が自然とできてしまうのです」と。

 ふとそのことを思いだし、毎日目に付くところに置いておいたら、まあ、そのテキストと相性が良かったせいもあるが、なかなか楽しいことに気付く。私のフランス語なんてさっぱりダメなレベルだが、ダメでもゼロよりはましだと思うことにしている。フランス語が勉強できると分かったら、こんな不自由な足でも、夢は見たいだけ見るものだ。新聞の書評に載っていた、「ホエールウォッチング船で真下にいるザトウクジラの声を聞いたことがある」という記述に私の記憶が突然炎のごとく反応した。

 コロナ禍になる前に行ったスペイン旅行で、私はホエールウオッチングを申しこもうとしたが、10月で終了するので実現しなかった。それで、出発の2週間前に急遽アフリカ大陸のモロッコに行こうと決めた。もしも、あの時ホエールウオッチングをしていたら、アフリカには行けなかった。今思うと、まさに貴重な経験だった。日本からはるか遠くてとても行けないだろうと諦めていた未知の大地に足を踏み入れた時、私の心はかつて味わったことのないような感動で震えていた。

 そうだ、あの時できなかったホエールウオッチングという体験をしてみたらどうだろうか、と自然と思えてきた。確か、スペイン最南端の地アルへシラスまで行けばなんとかなるはずだ。そうなったら、もちろん、パリから入って、列車とバスを乗り継いで、アルへシラスまで行けばいい。不自由な足とは裏腹に、心はまったく自由で見境がない。

mikonacolon

 

 

 

 




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