
皆テレビを見るのが好き
先日の朝日新聞の土曜版Beのアンケートのテーマは「テレビを見てますか」だった。正直言って、その結果に仰天した。なぜなら89%の人が「はい」と答え、「いいえ」はわずか11%だったからだ。昨今は若者を中心とした世代でテレビ離れが進んでいるものだとばかり思っていた。となると、アンケートに答えた人たちは60代以上のいわゆる年金生活者がほとんどではないかと勝手に推測してしまいかねない。私が思うには、高齢者は自由時間が多く、暇を持て余している。そうなると、テレビでも見ようかとなるのは自然な行動で、テレビはお金のかからない最もお手軽な娯楽である。
私の周りにいる高齢者で年金生活者の代表とも言えるのが、義姉のミチコさんだ。ミチコさんは辺鄙な田舎でひとり暮らしをしている。犬1匹と猫2匹で何者にも縛られずシニアライフを謳歌している。ミチコさんはテレビを一日中つけっぱなしにしている。その訳を聞いてみると、「家の中がシーンとしているのが嫌で、それで何か音が欲しいから」と言う。私などは、見たくない番組を無理矢理見らさる、あるいは聞かされることが苦痛意外の何ものでもないと思うのだが。一日中、騒音の中にいるようなものだろうに、それでも何も音がない世界よりはましなのだ。
かつて、私も家に帰って来ると、沈黙している部屋が自分の孤独感を煽るようで耐えられないと感じる時期があった。だから、人の気配を感じ、知らない誰かの声でもいいから聞きたいと思ってしまう気持ちはわかるような気がする。自分はひとりではないと思わせてくれるのにテレビは確かに役に立つ。テレビをつけた瞬間、家の中がパアッと明るくなるのを感じるが、その反面、煩いと思うのも時間の問題だと言える。
私は最近足を骨折したせいで、家の中で安静にしている。動いたら、治りが遅くなり、最悪人工関節になりますよ、と整形外科の先生から脅かされている。安静にすることがミッションの生活の中でできることは限られている。まずは足の痛みが常時襲って来るので、集中力が発揮できない。こんなに時間があるのだから、語学の勉強に最適なシチュエーションなのにもったいないことこの上ない。激痛が私の思考回路が機能するのを邪魔するので、元々たいしたことはない記憶力はほぼゼロの状態だ。なので、私が今できることは、テレビのドラマを録ったビデオを見るか、動画サービスで映画やアジアドラマを見るか、あるいは図書館で借りて来た本を読むかの、どれかしかない。
痛みがあっても、本は読める。ただし、本当に面白い本でなければだめで、そんな理想の本に出会うことは滅多にない。正直言って、今の私は動画サービスのドラマにどっぷりとつかっている状態で、足の痛みから何とかして気をそらそうと必死で努力?している最中だ。全治3か月と医者から告知されているが、いっこうに痛みは消えないし、また関節の水も溜まりっぱなしだ。良くなっているという希望の光さえもささないまっっ暗闇のトンネルの中にいるようなものだ。それでも、いやそれだからこそ、何か楽しいことないかなあといつも探している。
最近知って仰天したのだが、ビデオを見る合間に偶然朝放送されていた情報番組を見たら、大勢でゲームをしていた。彼らは一応は仕事なのに、楽しそうに、けん玉やら、卓球やらをして歓声を上げていた。朝から皆でゲームをして楽しむ、そんな番組が存在していることに目から鱗だった。以前の私なら、午前中にテレビを見るなんてことはあり得ない。そんな番組がある事さえ知らなくてもいいことだが、知ってしまった。
テレビは滅多に見ないが、朝のニュースや天気予報ぐらいは話のタネに知っておきたいと思っている。ただ、最近つくづく感じるのは、番組の中のCMの長さで、何とかならないものかとうんざりしている。BSの放送に至っては、テレビショッピングの時間がほとんどと言っても過言ではない。
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