
調子に乗って、二つもやろうとしたら
昨日新しく通い出した歯科医院に行って来た。偶然見つけたにしては、なかなかいい先生に巡り合えた気がする。以前の歯医者ではレントゲンを撮った後、その結果をすぐさま見せてもらえることはなかった。今度の歯医者では、画像が大きく信じられないくらい鮮明で驚かされた。今回は根っこの治療をどうするかをレントゲン画像を見ながら説明してもらった。これなら素人にも大変わかりやすい。今のところ、今度の先生を信じて治療を受けてみようと思えて来た。
1週間後の予約を取って、家に帰って来たら、正午だった。さて、この後どうするかについては、足の調子が良いので、午後からプールに行ってみることにした。昼食を終えた後、プールまで15分ほどの道のりを歩いたが、疲れは感じなかった。ところが、実際にプールに入って、歩いてみると、何だか足が、身体が重いことに気が付いた。いつもの様な水中に浮いたような感覚がなぜか湧いては来ない。まるで地上を歩いているかのような重力をもろに感じて、がっかりした。そう、要するに、歯医者の行き帰りと、おまけに最寄りのスーパーをウロウロした分、身体に疲労が蓄積していたのだろう。調子に乗ってやり過ぎた代償がこれだった。自分でこれぐらいと決めている25mプールを5周した後、さっさとプールから上がり帰ることにした。3か月もの間動かない生活をした私の身体は頼りないほど体力がないことをつくづく思い知った。無理は禁物、たとえできると思ってもやはりやめるべきだった。昨日の教訓は「焦ることなくゆっくりと進もう」という戒めに尽きる。そりゃ、3か月もの貴重な時間を無駄にして、双六で言えば、振出しに戻ったのだ。焦るのも無理はない。だが、焦れば焦るほど、泥沼に嵌って、身動きできなくなる、そんな不安が付き纏う。いつまでも心に燻る不安をどう解消したらいいのだろう。その点でいえば、水中ウォーキングはストレス発散以外の何物でもなかったはず、それなのに、昨日は”気持ちいい”という爽快感を感じることができなかった。それもこれも欲張りすぎた結果で、はやる気持ちに身体が付いて行かなかった。
それなら、やるべきタスクはひとつでいい。身体の準備ができていないのだから、ここは一歩譲って自分の身体の状態に従おう。そう素直に思えた。水中ウォーキングは私にとって、やらなければならない課題ではなく、心からやりたいとそう素直に思えるタスクだからだ。楽しいと思えなければ、何の意味もない。楽しいからこそ今の私にとってはそう近い距離ではなくとも、行こうという気になるのだ。家に帰ってから、足が気になって、見てみると、左足の踝のあたりが腫れていた。今までこんなに腫れたことはなかったのに。気になって仕方がないが、今のところは痛みもなく大丈夫そうだ。一晩寝たら、元通りの踝に戻っていた。ホッとする。
図書館が蔵書整理のために1週間ほど休館になっていたが、今日から再開する。本当なら、プールに行った帰りに、歩いて5分ほどの図書館によって来ればコスパがいい。だが、今の私の足はそれを許さない。それに、逆らって強行すれば、どう言うことになるか目に見えているから、身体が動かない。いや、むやみに動けないと言った方が正しい。いつもの日課はプールに行った帰りに通り道にあるスーパーに寄って、買い物をして帰ってくることだ。スーパーでフルーツサンドイッチか、チキンのサンドイッチのどちらかと、抹茶ラテを買うのが楽しみになった。プールに行ったご褒美にまあおいしいと思える食べ物を買う、そんなささやかな習慣が今の私を支えてくれている。どんな小さなことでも、積み重なれば、それらはやがて私の一日を左右するほど重要な事項となることは間違いない。
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