
臭くても平気、なのがわからない
今回の旅行で初めてウィーンの地下鉄に乗った。15年前に訪れた時は恐ろしくて、地下鉄に乗れなかった。地下鉄の入口まで来たものの、地下に続く階段を見下ろしたら、薄暗くて、なんだかブラックホールのように思えて足が止まった。こんなにも躊躇してしまうのには訳があった。あの頃、偶然に大型書店の旅行ガイドのコーナーで、「世界各地の危険情報」という本を手に取って、興味津々で読んでしまったからだ。いや、座り読みだけにすればいいものを、ちゃんと読もうなどと余計なことを考えて、ついつい買って家に持ち帰った。その本を何度も読んだら、もういけない、私の頭の中は完全に洗脳されてしまった。パリの地下鉄はスリの巣窟で、ウィーンの地下鉄はもっとひどい状況だとそこには書いてあった。
なので、当然のことながら、地下鉄に乗るなんてことは問題外で、地上を通るトラムなら安全だと考えた。かくして、初めてのウィーンでは歩きに歩き、遠い距離にあるシェーンブルン宮殿にはトラムで行ったのだろう。「だろう」というのはどう見ても歩いて行くのは無理なので、そうに決まっていると想像するしかない。当時のことは全然覚えていないので。
さて、今回はどうしても地下鉄に乗らなければならないので、清水の舞台から飛び下りるつもりで、なんていうと、大げさだが、それくらいの覚悟で、地下鉄の入口の階段を降りた。どうして、地下鉄に乗る気になったかというと、それは昨年パリで初めて地下鉄に乗れたからで、紆余曲折があったが、ここでは触れることはやめて置く。地下に降りてみると、拍子抜けした。そこには日本と何ら変わりない光景が広がっていたからで、特別雰囲気が悪いわけでもなかった。これって、どう見ても普通じゃない、と安堵した。
だが、だんだんウィーンの地下鉄に慣れて来たかと思ったら、ある日、車内で異様な匂いがするのに気づいた。どう見ても悪臭で、日本でも、パリでも、ベルリンでも、ロシアでも、どこでも経験したことがない、一体全体何の匂いかわからない臭いだった。私にはやっと耐えられるレベルの臭いだった、それにすぐに降りるのでそれまでの辛抱だが、車内の人たちときたら、誰も嫌な顔をする人はおらず、平気なように見えた。これってよくあることなのだろうか。アンモニア臭でもない、掃除が行き届かないトイレの饐えた臭いでもない、香辛料の匂いででもない、生まれて初めて嗅いだような匂いに遭遇し、「ウィーンの洗礼」を受けた気がした。
旅行準備中に見た動画で、スロバキアに住んでいる人がウィーンの街を2万円で観光するという企画に挑戦していた。その人はウィーン中心部からすこし離れた場所にホテルを取っていて、そこに行くのに観光客があまり利用しない地下鉄の路線を使った。その際に、「臭いです。車内に異様な匂いが漂っています」と指摘していたが、私はそれはあくまで普通ではあり得ないことと受け取っていた。なので、中心部を走っている路線の車内で、あの動画と同様の臭いに襲われて、動揺せざるを得なかった。考えてみると、ウィーンは東ヨーロッパの拠点となる位置に有り、街を歩いていても、まさに人種のるつぼのように感じられる。どちらかというと、ウィーンはヨーロッパの国というより東欧諸国のイメージに近いし、また実像もそのものなのかもしれない。
ひとたび中心部を離れれば、そこはもう東欧諸国と何ら変わらない、そう思った方がすんなりと受け入れられる。車内の臭いということで、遠い記憶のかなたからあることを思い出した。それは、これまた遥か昔にスロバキアを旅した時に、山の麓にあるホテルに泊まった時の衝撃的なエピソードだ。山の上にあるホテルなので、当然ケーブルカーでないと、ホテルにはたどり着けない。街に行くにはいちいちケーブルカーに乗らなればならないので、その度にお金もかかる。まあ、お金がかかるのは仕方がないが、一番困ったというか、閉口したのは、ケーブルカーの車内がひどい悪臭に塗れていたことだ。誰も信じてはくれないだろうが、きついアンモニア臭がした。そのホテルには3泊したが、最後まで臭いはそのままだった。
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