
今では何も買うものがなくった
どうしていいかわからず、迷える子羊状態の私は藁にも縋る思いで、外科クリニックの扉をたたいた。夢も希望もなく切羽詰まった私を、先生は「この人は一体どうしちゃったの?」という目で見ていたに違いない。1分1秒でも早く答が欲しくて詰め寄る私に先生は戸惑い,苦笑いをしたことを今でも鮮明に覚えている。先生には私の行動は唐突で、この人は頭が可笑しいのではと疑うくらい、そのくらいあの時の私は追い詰められていた。パンパンに腫れあがって、酷く痛む左足を凝視ながら、「今からでも、水中ウォーキングを始めていいんじゃないかなあ」と宣った。その先生の言葉を聞きながら、内心、この足でどうやってプールに行けと言うのかと反発したのも確かだ。水中ウォーキングをするためには、まずはプールまで行く必要がある。幸いにもプールは歩いて行ける距離にはある。だが、果たしてプールまで私の足で行けるかどうか、いやなんとか行けたとしても、プールの中を歩く体力が残っているのだろうか、いや、足は動くのかという心配が尽きなかった。たとえ、水中ウォーキングをなんとかできたとしても、今度は家に帰れるのだろうかと不安が押し寄せてきた。
そんなこんなで試行錯誤が続き、結局、先生に水中ウォーキングを勧められてから、実際に行動するまでに2週間余りを費やした。店に行けない私は、ネットで水着やキャップ、ビニールバック等を注文した。と同時に、プールまで歩く練習を始めた。私の不自由な足で約25分の道のりを歩き、何とか家に帰ることができるようになった。それでも、私に心の中には常に、「こんな痛い足でどうしてプールの中を歩かなければならないのか」と言う疑問で溢れ、今でも消えずに残っている。
「膝痛軽減のためにいいですよ」と勧められたものの、いっこうに足の痛みは引いてくれない。それどころか、時には痛み止めを飲まなければ、我慢できないほどのレベルの痛みに襲われた。今まで市販の痛み止めを2度ほど飲んだが、最近では薬を必要とするような痛みは影を潜めている。要するに、夜寝られないような激痛に見舞われることは滅多に無くなった。こういった傾向はとてもいいことのように思われるかも知れないが、当然のごとく歩けば痛いのは変わらない。
現在の外科クリニックに通うようになってから、私の生活はそれまでの安静生活から激変した。膝のコルセットのおかげで動けるようにはなったが、動く気満々の心とは裏腹に、身体は、骨折した足はそうそう言うことを聞いてはくれなかった。もっと積極的に行動したいのに足が動かないので、理想と現実の狭間で悶々とする日々が続いている。全治3か月とすでに聞かされているので、「足が痛くて歩けません、何とかしてくれませんか」とは口が裂けても言えない。自分の痛みは自分でしか分からないのは言うまでもない。あくまで痛みは個人的な物なのだ。
私の理想は足に痛みを深刻に受け止めずに、他の何かで紛らわし、そうやって自分で折り合いをつけている間に、いつの間にか完治していたというパターンである。辛いとわかっている療養生活を少しでも明るいものにできたらと願っているのだが、今回はそううまくはいかないようだ。ストレスを食べ物で紛らわすやりかたは、昔で懲りたはずなのに今では過去の習慣がひょっこと顔を出した。プールの帰りにスーパーがあると言う地理的優位を利用して、ご褒美を買うようになった。今お気に入りのドトールの抹茶ラテとチキンのサンドイッチを買うこともあれば、サンドイッチがフルーツに変わるときもある。この間などはミニ稲荷のセットを買って、大いに散財する日々を送っていた。当然、財布の中身は減っていくが、それより問題なのはだんだんとパンに飽きが来て、美味しいと思えなくなったことだ。それに稲荷のセットにしても、いつしか店から消えていた。現在では悲しいことに、ドトールの抹茶ラテしか買うものがなくなった。仕方ない、何か買いたいのはやまやまだが、自分で美味しいと思えないのだから諦めるしかない。そもそもストレスを食べ物で発散しようだなんて、甘い考えなのだ。
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