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プールで仲間と出会う

痛いですか?と聞かれて、たちまち不快に

 昨日もプールに行った。水中ウォーキングをしていたら、「久しぶりだね、どうしてたの?」と会話する男女の声が聞えてきた。どうやら顔見知りらしく、よく見ると二人共高齢者のようだった。ひとりが「私、これから仕事なんですよ」と言うと、相手も「私も何ですよ」と返して一瞬笑顔になった。ここのプールは9時からだが、私が9時ちょうどに行くと、もうすでにプールには人がいた。そうか、朝一番に来て、泳いだり、あるいはウォーキングをある程度したりして、それから仕事に行くのが習慣になっているらしい。考えてみると、まだ疲れていない身体で運動するのは、仕事で疲弊した後に泳ぐよりもずっと気持ちがいいのだろう。健康を維持するために必須の習慣なのだ。

 私で言えば、別に歩くだけで、たいして動いてもいないのだから、疲れるはずなどないはず。なのに、その歩くという行為そのものが今の私にとってはきついミッションだ。思った通り、午前中に歯医者に行って帰って来た身体は、午後にはすでに疲労のピークに達していた。新しい病院にかわって、膝にコルセットを付けて歩くようになってから、もうすぐ1か月が経とうとしている。なのに、別段痛みが減るわけでもないし、なんの変化もない。そろそろささやかでもいいから、良くなっているという兆しが欲しい。焦ってしまうのは仕方ないか、と自分で自分を慰めるしかない。身体は正直で、私の期待にはおいそれとは応えてはくれない。心に暗雲が漂うのを抑えきれない、そんな気持ちを抱えながら、更衣室に向かい、さっさと着替えて帰ろうとした。

 すると、先ほどプールにいた女性に声をかけられた。左足をびっこを引きながら歩く私を見かけて気になったのだろう。「足を骨折したのですか」そう尋ねられて、困惑したが、仕方がないので、「半月板の横のあたりの挫傷です」と答える。別に同情されたいわけでもないので、待ってましたとばかりに会話が弾むわけもない。私が余りにもそっけないものだから、相手は自分の足を指差し、「私ね、毎日ここのプールに通っていたんですよ。でも見てください、足をねん挫しちゃって、今日は2週間ぶりに来たんです」と私に訴えた。よく見ると、彼女の左足の踝の上あたりには湿布が貼ってある。「地域で有名な整形外科の先生に診てもらってるんですよ。でも1カ月半たっても,全然よくならないの。これからどうなるのかしら」と言いようのない不安を口にする。この発言には私も胸が苦しくなる。

 「レントゲンとか、MRIとか撮ったのですよね」と尋ねると、「その先生は整形外科の権威だから、そんなのは必要ないみたい」とのこと。ただ、実際のところは左足の捻挫にはとどまらず、足をかばうせいか、膝まで痛くなったと嘆いていた。なるほど、左足の膝には何枚も湿布が貼られている。「これだから、年を取ると嫌なのよね。階段をたった一段踏み外しただけで、こんな大事になるなんて」と彼女の嘆きは止まらない。もちろん、彼女の話は身につまされるし、同情もする。だが、これ以上彼女の話は聞いてはいられない。そこは切り替えて、着替えのためにシャワー室の向かいながら「大事になさってくださいね」とだけ言って立ち去った。ここのプールに来て5日目でやっと、”仲間”と言うべき人に出会って当事者同士の交流ができたのに、実際はあっけないものだ。仲よくしようとか、もっと話をしたいとかとは全く思えなかった。自分の抱えている痛みを分かってもらえると思ったら、大間違いだった。要するに、私は他人の嘆きをあまり聞きたくない人間なのだろう。痛みと言うのはあくまで個人的なものだから、他人にわかってもらおうなどと思うのは厚かましい願望なのかもしれない。

mikonacolon

 




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