
昔は引き算、今は足し算
海外旅行の準備をするときは、どうしたってワクワクし、胸が躍る。当然、荷造りにも気合が入り、あれこれ考えて悩む煩わしさ?さえも楽しいくらいだ。と言ってもこんな事を言っていられたのも今は昔で、現在においては、何を持って行くかは悩みの種となった。私のモットーは大きなスーツケースは持たず、機内への持ち込み荷物だけで済ますことだった。中くらいの、自分が背負える重さの荷物ひとつで旅行するのが理想だった。初めての海外旅行の時に、あれこれ現地の危険情報なるガイドブックを読んだりしていたら、ロストバゲージなどと言うものを知ってしまったからだ。そうなると、少しでも不安を消すために、荷物は預けないと決めた。後になって、改めて状況を整理してみると、ロストバゲージは乗り継ぎ便でよく発生するらしい。そうか、私がいつも利用するフィンランド航空もヘルシンキで乗り継ぎをする。
荷造りに置いて、昔は引き算を旨としていたが、現在では足し算でめいっぱい持ち込めるように頭を悩ますのが普通になった。昔はとにかくお金で買えるものはすべて現地調達でいいと考えていたが、現在ではそのモットーを実行すると、たちまち飢えることになる。荷物は重いから、現地で何でも買えばいいだなんて考えはさっさと捨てることにした。できるだけ多く、自分の身体で責任をもって、機内に持ち込むという暴挙に出ることにした。機内で自分の席の頭上にある荷物ボックスに収納しきれなくても、足元になんとか置けさえすればいいとの考えからそうしている。
荷造りに置いて何が一番大事かと言うと、私の場合は何をおいても、食料である。まずは何と言っても、お米で、日本人に生まれて本当によかったといつもホテルの部屋で感慨にふける。炊飯器と水さえあれば、スイッチを押して、少し待てば、アツアツの美味しいご飯が食べられる。粒粒の硬いお米が、たちまち暖かいご飯に変身を遂げるのだから、これはもう魔法と言うしかない。誤解を招くといけないので、言っておくが、お米を持って行くのは、現地での食費を節約するためなどではない。要するに、私はすぐにパンに飽きてしまって、食べるものがなくなってしまうからなのだ。ベルリンではお米無しで過ごしたが、1週間もしたら、パンの顔を見るのも嫌になった。それでも仕方なく、パンを食べるしかなかったが、口の中に入れて噛んでみたら、まるで砂を噛んでいるように感じられた。味がしなくて、食べ物を食べている気がしない。となると、お米があったらなあとなり、次回の旅行にはお米は必須だと実感した。
もちろん、炊飯器とお米は場所をとるし、重さもあって、我が身には辛いが、ひもじい思いをする辛さに比べたら、どうってことはない。それに、昨今リュックサックを背負う体力が低下した私は、持ち込み可能な最小限のスーツケースを入手した。コロコロが付いていて、自分で責任を取らなくてもいいので、重いものは何でもかんでも詰め込んで使っている。本当は持ち込み手荷物はひとつと決まっているのに、私はちゃっかりリュックとキャリーケースの二つを堂々と機内に持ち込んでいる。私の荷物の大半は食料で、今はお菓子が大事なアイテムになっている。一昔前は、旅の途中で、どこか店に出も立ち寄って買えばいいと言う頭しかなかったお菓子だが、現在では買うものがないのが現実だ。どういう意味かと言うと、日本にいる時のように気軽に買えるものがないし、また値段が馬鹿高いからだ。空港の売店で水を買おうとしたら、小さなペットボトル5ユーロで、躊躇したが、水は必要だから涙を呑んで仕方なく買うことになる。何かお菓子を買おうとして、ポテトチップスの袋を手に取ると、何とこれまた5ユーロで面食らう。いくら何でも、買う気がしない。となると、どうしても荷づくりの段階で日本のお菓子を持って行かなきゃとなるのが、人の常と言うものだ。
外国に比べると、日本のお菓子は本当に安いと感じる。4個入りのプチケーキが400円もすると驚いている場合ではない。外国は遥かその上を行っている。旅の荷造りの際には、食料は何よりも優先される不可欠なものだ。
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