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年の瀬に何かと気になるのは

今年の憂いは今年中に晴らしておきたい

 昨日の夕方、スーパーの帰りにドラッグストアーに立ち寄った。近くにあるにも関わらずそこは滅多に行かない店で、その時の私の頭の中には、キズバンを買わなきゃという考えだけが占領していた。なぜそんなに絆創膏のことが重要かというと、家にはキズバンがたいしてないこと、つまり切れかかっていることを数日前に発見してしまったからだ。これは大変だ、すぐに買って来なきゃと思ったものの、日々の忙しさにかまけて、すぐに忘れた。正直言って、キズバンなんてどうでもよかった、それを必要とする事態が起こるまでは。

 そして、何か月ぶりかに、いや何年と言った方が正しいだろう。まさにそのとき、キズバンをどうしても欲しいと願う機会が到来したのだ。ある日台所で料理をしていて、使い終わったフライパンをガス台の横に移動させようとしたら、左腕を少しやけどしてしまった。3cmくらいの赤い線が左の手首について、ヒリヒリして痛いので、氷で冷やした。数分程度で痛みは引いたが、今度は火傷の跡が、衣服の袖に擦れて痛い。赤くなった傷跡が剥がれて、気になって眠れない。となると、頼りになるのはキズバンしかない。とんとお目に掛からなかったキズバンの入っている箱を探して、中を見たら、もはや絆創膏とそれを包んでいるはずの紙が分離していた。こんな無残な姿になるまで使わなかったのかと、ほとほと呆れた。

 考えてみると、それくらいキズバンを必要としなかったのだから、何ごともなくて幸いだとも言えなくもない。ただ、"天災は忘れた頃にやって来る”ではないけれど、キズバンを喉から手が出るほど欲しいと思う時は必ずやって来る。普段あまり使わないからと言って、無下にすることもできない。何事においても備えは必要だ。今回の左手首の火傷でそれを思い知らされた私は、忘れないうちにキズバンを買おうと滅多に行かない店に行った。だが、ここで疑問が湧くのは、どうしていつも行く店で買わないのかということで、これにはちゃんと理由がある。要するに、今どうしても必要なものを買うのに必死で、どうでもいいもの(ここではキズバンに相当する)のことはすっかり忘れているからだ。

 いつも行くドラッグストアは月曜日がポイント5倍デーで、ここぞとばかりに2千円以上の買い物をする。トイレットペーパーだの、ティッシュペーパーだのといった生活必需品を抱えて、両手はいっぱいになる。そんな忙しさの中にキズバンの紛れ込む隙間はほとんどない。また今度の機会に、などと思っていたら、永遠に買う機会を失くすかもしれない。そんなことをしていたら、きっと必要になる機会が突然やって来て、それで万事休すということにもなりかねない。たかが、キズバンなどと言ってはいられない。

 昨日は最初から買おうと決めていたので、無事キズバンを買うことができた。ただ、支払のときに少々戸惑った。レジの男の人が「○○円になります」と値段を言ってくれないので、私は商品棚に書いてある消費税込みの金額の208円をトレーの上に置いた。だが、依然としてその店員さんは何も言わないので、私はてっきりそれでいいと受け取って店を出た。すると、驚いたことにすぐに店員さんが追いかけてきて、「お客さん、30円のお釣りです」と私を呼びとめたのだ。それなら最初からちゃんと値段を言ってくれればよかったのに、内心そう思ったがもう遅い。こんなことなら、いつもの店で買えばよかったと少々後悔した。

 そう言えば、海外旅行に行くとき、必ずキズバンを持って行くが使う機会はほとんどない。つまり、転んで怪我をするというアクシデントがないということで、いわば、キズバンはお守りのようなものと言えるのかもしれない。

mikonacolon

 




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