
立ったままでも着替えができる
昨日は歯医者さんの定期検診の日だったので、プールは午後に行くことにした。折しも天気予報では午後から大雨になるとのこと、そんなこといつもはどうでもいいのに、なぜか気になった。それで、歯医者さんから帰ると、30分ほどで食事を済ませ、12時5分の開始に間に合うようにプールを目指した。そもそも、これが失敗だった。更衣室の前にある長椅子でテーピングを外している時から、中の喧噪が伝わってきた。子供の泣き叫ぶ声が聞こえたり、複数の女性たちの会話も聞こえて来た。間違いなくこれは混雑していると覚悟して、更衣室に入った瞬間、そこで繰り広げられている光景に目を見張った。そこにはかつて見たことない人種のるつぼのような状態で、あろうことか床は荷物やら、子供やらで、隙間がないほど溢れかえっていた。長椅子を見ると、水筒やら、プールバックやら、タオルが雑然と置かれ、私が座れるスペースなど残されていなかった。それどころか、長椅子のところまでとても近づけなかった。
困った。どうしよう、こんなんじゃ、着替えができない。そう思ったが、幸運なことにいつも使っているロッカーだけは空いていた。端っこの位置に有るので、何とか私でも行きつくことができたが、着替えは立ったままするしかない。こんな時は家から水着に着替えてきて本当に良かったと思えて来る。考えてみると、足が悪い私はいつも椅子に腰かけたまま着替えをしていて、皆がやっているようなロッカーの前で着替えをするだなんて上級者がやるようなことはとてもできないと諦めていた。ところが、昨日はそうせざるを得ない状態で、やってみたら、何のことはない、「私だってやろうと思えばできるじゃん!」と変な自信がついた。いつもなら長椅子に座って被る帽子も置くところがないので、水着のパンツにひっかけて、ロッカーを施錠した後で、立ったまま被った。何事も”案ずるより産むがやすし”で、やればできるものである。
要するに、以前の自分では到底無理だったことができたということは、全然よくならないと嘆いている割には、実際には確実に足が良くなっていることを証明したようなものだ。水中ウォーキングの効果を未だに実感できていなくて、不満タラタラの私としては本当なら、もっと歓喜するべきなのかもしれないができない。それは、もっと目覚ましい変化を期待しているからで、些細なことでは満足できないからだ。
水中ウォーキングはプールの監視員の人の話では、血流が良くなるということだが、残念ながらそんな気配は全く感じられない。それに、即効性はないので、我慢づよく、そう期待せずに続けるしかないという、なんとも頼りない話でがっかりした。それでも、毎日毎日、飽きもせず、痛い足を引きずりながら、プールに通うにはそれしかなす術がないからだ。そんなつまらない私が最近気にかけているのは、ひまわりのことだ。 去年の夏にブログにひまわりの大群のことを書いたと思うが、不思議なことに今年もまたひまわりが突然出現した。それも今度は大群ではなくて、控えめで数本と寂しいが、毎日見ている間にその中の1本は大輪の花をつけるようになった。今現在それは重い頭をたれて、お辞儀をしている状態だ。花の中心部が黒く変色し、ハムスターが喜びそうなくらいぎっしりと種を付けている。その花が坂道の土手を上らないと手を触れることができない場所に有るものだから、かろうじて花泥棒から守られている。道行く人が簡単に手を触れることができるところで咲いていた花は、すぐに手折られて、無残な姿をさらしている。蕾が開くのに、どれだけ時間がかかったのか知らないのだろうが、私が楽しみに待っていて、やっと咲いたと喜んでいたら、すぐさま消えてしまった。しかもたった一日の命で、朝咲いたと思ったら、2時間後にはもう無かった。
mikonacolon