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足には期待しないと決めた

それで自分が楽になれるのなら

 ずいぶん勝手な言い分かも知れないが、昨日の朝はこの世から消えてなくなりたいくらい不機嫌だったが、一日経ってみると、いつもの自分に戻れた。それは、足の怪我がいとも簡単に奪ってしまった外の世界への興味を何とか取り戻したからだ。考えてみると、本来の自分は、外国への飽くことがない憧れや、未知の世界への好奇心に溢れ、いつも何か面白いことを探していた。足が不自由になったせいで、行動範囲が狭まり、夢も希望も無くなったような気がしてならなかった。自由に歩いて行けない不便さはどうにもこうにも我ながら納得できない。それで、毎日何を期待しているかというと、左足ができるだけ早く良くなってくれないかということで、私の最大の関心はそれだけだ。

 だが、いつ治るかもわからない、左足に望みをかけることは、それ以外のことに無関心になることで、生きていても楽しくない。本来の自分は、常に海外旅行の準備の忙しく、英語やフランス語、スペイン語の勉強に余念がなかったはず。だが、身体が不自由になって、お盆の帰省すらやっとこさの今の自分には、それらの外国語は果たして必要だろうか。何か目的があってこそ、それに向けて努力することは大いに意味がある。先日もいったい何を考えているか自分でも意味不明だが、海外旅行用の貴重品ベストを修理して新しくした。針仕事をしながらふと思った、果たしてこの先このベストを使う時が来るだろうかと。おかしなことに、針でポケットをランニング縫い付ける作業は楽しかった。まるで、夢に向かって邁進している若者の気分だった。

 気を良くした私は、もう半年もやっていなかった外国語の勉強をしてみたらどうだろうかと思いついた。確かにケガをした当時は足の痛みに支配されて、それどころではなかった。最初に受診した整形外科で全治3か月と診断され、安静生活を余儀なくされた。1ミリも動いてはならないとの先生の厳命に、私は素直に従った。家人にその事を言ったら、「じゃあ、入院させてもらえばいい」と即答されたが、そこまでする必要があるのだろうかと言うのが正直な気持ちだった。

 できるだけ家の中でも動かないように努力したつもりだが、関節液の流出は止まらなかった。動いたらいけないのなら、座って何かをすればいいと思うかもしれないが、そうは問屋は降ろさない。動かないと次第に体力がなくなり、情けないことに、10分も座ってはいられない。この体たらくでは勉強はできないし、また、痛みのせいで集中力も続かない。いや、それでも退屈なので、何度か試みてみたのだが、やはり無理だった。では、安静生活をいったいどうやって乗りきればいいのか。テレビでドラマを見るにせよ、動画サービスを利用して時間を潰すにせよ、座っていられないのだからどうしようもない。結局、布団に横になり、その横にパソコンを置いて、ドラマを視聴するしかなかった。それにも疲れると、横になったままじっとしていた。あとは家人に図書館で借りて来てもらった本を読んで、退屈をしのぐしかなかった。

 あの頃と比べると、嘘のように私の身体は回復し、痛い足を引きずりながらもあちこち行けるようにはなった。精神的にも肉体的にもあの頃とは違って、私の生活は豊かになった。「あと少しの辛抱です」と病院の先生に言われたわけではない。先生はただ、「このまま行きましょう。順調ですよ」と励ましてくれるだけだ。

 昨日、以前のNHKのラジオ英会話の放送を書き溜めて置いたノートをしばらくぶりに手に取ってみた。ペラペラやっていたら、時を忘れて熱中していた。とても楽しい時間を過ごせたことに驚くと同時に、また勉強を再開しようと決めた。動画サービスのドラマは見ていると楽しいことは楽しいが、やはり退屈してしまう。そろそろ飽きが来たようで、ちょうどいいタイミングだと思う。

mikonacolon

 

 




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