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何もしないと決めたら、暇になった

安静にすることは想像以上に辛い

 先週の金曜日に整形外科の先生に、関節液の数値が増えていると指摘されて、ショックを受けた。最初は60mlもあった水の量が奇跡的に14mlまで減ったこともあったのに、それからはいっこうに減らない。だいたいが、週の初めの月曜日はテストの成績に例えると、まあまあの数値だった。ところが、自分としては極力何もしていないのに、結果は散々で、あんなに努力したのに報われなかった。先生は「減りませんねえ。まあ、挫傷(骨折のようなもの)があるから、仕方ないと言えば仕方ないのですが」と同情気味に言ってくれる。溜息をつくしかないが、焦ってもどうにもならないのだと気付いた。

 考えてみると、足の痛みは相変わらずで、この痛みがあるかぎり関節液は溜まり続けるのかもしれない。そう考えた方が自然だし、一朝一夕にはここまでひどくなった足の痛みが消滅すること自体あり得ない。一日に何度も左足の膝を見て、どうだろうかと悶々とする。こうなると、もはや悩みの種で、何とかしようともがけばもがくほど、心の健康を失いかねない。そんなときはできる限り知らんぷりを決め込んで、気楽に構えるしかない。口で言うのは簡単だが、実行するのは困難を極める。

 気楽に構えると決めたが、やるべきことはやらなければならない。そのやるべきこととは、限りなく動くのを最小限に留めることで、まずは布団の上げ下ろしをやめて、万年床を決め込んだ。まさに病人であるかの如く、敷きっぱなしである。それから、朝ごはんの支度をやめて、自分は小さなおにぎりとコーヒーのみで済ませ、家人が会社に持って行くおにぎりとお茶を用意するだけだ。家人には自分で朝ご飯を食べてもらっている。

 本当なら朝早くに洗濯を済ませるのだが、これもやらないことに決めた。掃除に至ってはもう1カ月も何もやっていない。一番気になるのはトイレで、埃やらゴミやらが隅に溜まっているのを見つけると、トイレットペーパーで拭きとってゴミ箱に入れる。それくらいのもので、家の中はゴミだらけだが、見てみぬふりをしている。喉から手が出るほどお手伝いさんが欲しい。洗濯は家人に押し付けて、有無を言わさずやってもらう。

 誰にでも毎日のルーティンというものがあると思うのだが、今の私はそれをやりたくてもできない、というよりしてはいけないのだ。となると、暇で、時間を持て余す。座っているか、寝ているかのどちらかで、そのどちらもそう長くは続けられない。人は同じ姿勢では気分転換はできないものなのだと思い知る。普通の生活では見る時間がなかった動画サービスでドラマ見放題だし、本も読み放題で言うことなし、と思っていたが、最近は飽きが来ている。もっともドラマの方はウンザリだが、読書の方は本が面白いと飽きない。だが、正直疲れるのは仕方ないか。

 今のような”療養生活”で、折角時間を与えられたのだから、この際中国語でも勉強しようかと思いついた。だが、悲しいかな、予告もなく襲って来る足の痛みで、集中力が続かなくて、断念した。足の痛みで注意散漫になり、記憶力もおぼつかない。だいたいが、机に向かってまともに座っていることができない。どうやら動かないことで、体力もなくなっているらしい。

 何もしないので午前中暇になった私は、午後の診察をやめて、午前中に行くようになった。どうせ待つのは同じだから、それならさっさと済ませた方がいいという考えからだった。「さっさと」は言っても、2時間くらいは待つつもりで行ってみたら、何と30分ほどで呼ばれてびっくり。おそらく一応診察とは言え、治療が処置室で済むおかげで順番が早くなったとしか思えない。正直言って、午後に行って、3時間近く待つことに疲れ始めていただけに、嬉しい誤算だった。

mikonacolon

 




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