以下の内容はhttps://mikonacolon.hatenablog.com/entry/needle-box-embarrassedより取得しました。


針がぎっしり詰まっている箱を前に途方に暮れる

夢を見たことで現在の自分を知る

 先日夢を見て悶々としてしまった。その夢の中で、私は自分の家ではない、どこか他の場所に居て、家に帰ろうと荷造りをしていた。早く家に帰りたいのに、次から次へと、カバンに詰めるものが出てきて、慌てまくっている。なぜなのかはわからないが、お米だの、クリッブだのが、ばら撒かれていて、それをひとつひとつ手でひろって、かき集めて袋に入れていく。そんなふうだから、急いでやろうと思っても時間がかかった。それでもやっと拾い終わったかと思ったら、今度は、なんと針がぎっしり入っている小さい箱が出てきて、これを一体どうやって持って行けばいいのか途方くれた。考えても見て欲しい、針なのだから、ビニール袋に入れるわけにもいかない。何か蓋つきの箱があればいいのだが、いかんせん手元にはない。どうしよう、このぎっしり詰まった針を何とかしなければ、家には帰れない。何とかしなければと悶々としていたら、目が覚めて、悪夢から逃れられた。本当に夢でよかった。

 こんな恐ろしい夢を見るなんて、今の私は相当に追い詰められているらしい。いや、日常生活では、今の自分のにっちもさっちもいかない状況を毎日歎いているわけでもない。早く一日でも早く足が良くなりますようにと、神様に願掛けするようなこともしなくなった。足の痛みと真っ向勝負することも無くなった。現在ではできるだけ足の痛みのことを考えないようにし、一緒にいるのが当然のような友のごとく付き合っている。それなのに、私の心の隙をねらったかのように、あんな夢を見るだなんて、全くどうかしている。どうかしているのではない、あの夢はまさに今の私の心境をつぶさに表していた。となると、ぎっしり詰まった針は、私が抱えているどうにもならない足の痛みということか。自分でも思ってもいなかった形で心の深層風景を垣間見た私はショックを受けた。そ知らぬふりをして、自分を誤魔化して生きているが、やはり、心の深いところでは、気に病んでいたのだ。もっともそれは当然のことで、どうしようもないことだが、ゴールが見えないせいで、どうしても悶々としてしまうのだ。

 プールで顔なじみの男性から「最初の頃から比べると、本当に速く歩けるようになったね」と褒められたことは先のブログで既述した。「地上では全く何の変化もないのだから、そんな事を言われても困ります」と困惑したが、「そんなこと言わないで、頑張ってよ。今まで頑張って来たんだからさあ」と励まされた。内心、ええ!?自分ではもう十分頑張ったつもりなのに、その上まだ頑張らなければならないのかと目の前が真っ暗になった。すぐに気持ちを切り替えた。まだ救いはあった。水中ウォーキング自体は嫌いではない、いや、結構好きで、毎日プールに行くことを楽しみにしている。毎日やっている水の中を歩くと言う行為は最高に気持ちよく、陶酔感に浸れるミッションだからだ。その点において、足のために義務感からしているわけではなく、楽しいからやらずにはいられないのだ。まさに、プールは私の心のオアシスのような存在だ。

 さて、最初はプールで30分歩くことを目標にしていたので、周りの人たちとのお喋りは無駄だと思っていた節があった。だが、周りの人たちと話していると、時間があっという間に経つと言うことに気が付いた。もちろん、歩きながらおしゃべりをしているのだが、ひとりで黙々と歩くよりも精神衛生上いいのではないかと思うようになった。それに、このところ誰かと話す日が多かったが、昨日は知り合いに会わなかったので誰ともお喋りはしなかった。すると、なんだか変だなあと、寂しいと言うか、物足りないと言うか、そんな複雑な思いを抱いた。

mikonacolon



 




以上の内容はhttps://mikonacolon.hatenablog.com/entry/needle-box-embarrassedより取得しました。
このページはhttp://font.textar.tv/のウェブフォントを使用してます

不具合報告/要望等はこちらへお願いします。
モバイルやる夫Viewer Ver0.14