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月虫の姫ぎみ

おとぎ話のステレオタイプを覆した発想に圧倒される

 今の私は、とにかく家から出ることをミッションとしていて、行き先として思いつくのは図書館ぐらいしかない。それは無料の居場所としてだけでなく、往復1時間程度を歩けるので都合がいいからだ。牛乳を沸かし、インスタントコーヒーを入れたものをボトルに入れて持って行く。あとは、小腹が空いた時のために、椎茸と昆布の佃煮を具にしたおにぎりも忘れてはならない。そうやって、間違っても衝動的にコンビニに駆け込むことがないようにしている。いまのところはまずまずそれで、満足しているから何も問題はない。

 プールが休みなので、しかたなく図書館に通ってはいるが、プールのある市民スポーツセンターの前を毎日通ると、ため息が出るのはどうしようもない。やはり、図書館はプールの代わりになるものでは決してない。つまらないがつまらないと思わないように自制している。借りている『シン・ファイアー』を読んではいるが、どこか心は別のところにあるみたいだ。そうなると、何か目先の変わった本を読みたくなった。すると、新聞の「気になる絵本」のコーナーに『月虫の姫ぎみ』というタイトルの絵本が紹介されているのを見つけた。月虫ってなんだろう?と言うのが好奇心をやたらにくすぐった。いつものように図書館サイトで検索してみると、新刊資料としてちゃんとあった。しかも、誰もまだ借りていないから、ラッキーだった。

 すぐに貸出可能の連絡が来て、その日はイソイソと図書館に出かけた。早速閲覧席で読んでみた。「月」と「姫ぎみ」と聞けば、普通は竹取物語、つまりかぐや姫を連想するが、そこに「虫」が出てくるのはどうしてなのか、さっぱりわからなかった。だが、読み始めて、すぐに謎が解けた。「月虫は月に卵を産み付けて、星屑が落ちると同時に地球に卵を産み落とす」のだそうだ。そして竹の中で月虫は人間そっくりの身体に成長し、木こりのおじいさんと出会う。それもこれも月虫の計画通りで、人間に育ててもらうためだった。美しい娘に成長した月虫は人ではなく、ただの虫なのだから心などあるわけがない。大勢の求婚者があらわれても、知らん顔で無関心。月虫が願うのは十三夜が来ることだけで、その時が羽化して月に帰れる絶好の機会だった。

 それにしても、かぐや姫が虫で、蝶になって月に帰っていくと言う発想には椅子から転げ落ちる程の衝撃を受けた。月虫というと、虫が苦手な私などは嫌悪感しか抱けないが、虫が人間の姿に変身するという設定はなかなか斬新で面白い。富安陽子さんによるストーリーも新鮮だが、なんといっても絵本の表紙にある「姫君」の絵が説得力を持って迫ってくる。作画を担当する五十嵐大介さんの画力の賜物であるのは明らかだ。竹取物語を大胆にアレンジしたもう一つの「竹取物語」として大いに存在感を放っている。

 もうひとつの絵本は、最近読んだ北海道の斜里町図書館の『ゆるゆる人生質問箱』で紹介されていた『ふゆのはなさいた』で、これは読後に心が温まるお話だ。殺伐とした世の中で、物価高だとか、老後の生活がどうなるか心配で悶々としている私たちにとっては一服の清涼剤とも言える絵本だ。子ネズミが一人ぼっちで泣いていると、池の中から金魚が出てきて、「どうして泣いてるの?」と問いかける。それがきっかけで友達になるのだが、ある日の寒い朝、池に氷が張ってしまって、金魚とはそれっきりになるところだったが、奇跡が起きる。子ネズミは決して一人ぼっちではなかったと気付き、絵本を読んでいた私たちに、他者との結びつきの大切さを教えてくれるのだ。そんな事か、と思うかもしれないが、心の火を消してしまったら、生きていてもつまらない。

mikonacolon

 

 




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