
これは本当に改善への予兆なのか
先週の金曜日に、クリニックへ行ってきた。初診から1週間が経っていて、見た目にもだいぶ足は細くなっていた。先生に「どうですか。何か変わりはないですか」と聞かれ、「痛みはそれほど変わりはないのですが、足はだんだんと細くなっています」と答えた。なにしろ、私の左足ときたら、公衆の面前でとても見せられないほど、パンパンに腫れていて、自分でも直視したくないほど酷かった。それが今はどうだろう、正常な右足と同じ位に細くなっていた。それが、嬉しいというより、なんだか不思議といった感覚しかなかった。それもそのはず、これまでの3か月の間、切に願ったところで、その願いはどうしても叶わなかったからだ。
左足は腫れが引いて、細くなったにも関わらず、その日私はひどく不機嫌だった。前日の夜に、ヅキヅキとした痛みに襲われて、夜中に悶々としてしまったからだ。幸いにも朝には強い痛みは消えていて、少し腫れていた足は元の細い足に戻っていた。当然のことながら、起き上がって歩くと、足は相変わらず痛い。ちっとも残念ではない。足が細くなったくらいで痛みが軽減するだなんて、甘い考えは起きない。もともと、調子に乗りやすい性格なので、その辺のところは自分で自分を戒める必要があった。
だが、先生に促され、診察室のベッドに横になった時、奇跡が起きた。私の足を触診しながら、「う~ん。いいですね。関節液も溜まっていないですよ」と先生の明るい声がした。そして、なんとこの日は穿刺、つまり関節液を抜く必要はなかった。普通の整形外科ならどこでもやっているヒアルロン酸と痛み止めの注射だけで治療は終わった。ありえない、もう穿刺は必要ないだなんて。あんなに努力して動かない生活をしていた3か月はいったいなんだったのだろう。それなのに、板付きサポーター、要するにコルセットを身につけてから、たった1週間で関節液は溜まらなくなった。これを奇跡と言わずして、どう表現したらしいのか。私の貧しく、少なすぎる語彙力では表せそうにない。嬉しい、というより俄かには信じられないというのが本音だ。
だとしたら、この先にあるものは何なのだろう。以前通っていた整形外科の先生の言葉を思い出す。たしか、全治3か月ですと言われたが、その言葉の意味は、関節液が溜まらなくなってからの期間なのか、あるいは穿刺をも含めた期間なのかがわからない。詳しくその辺のところを聞いておけばよかったが、当時はそんな事を聞く余裕は持ち合わせてはいなかった。最初は良くも悪くも、先生の治療方針に従って、言われるままにするだけだった。そのうち、全然痛みが改善しないと、だんだんと不信感がジワジワ湧いてくるのを止められないが、だからと言って何もできず、悶々とするのが関の山だった。私の場合は何かおかしいと感じたきっかけはMRIの画像を見せられた時だった。3か月前と現在のMRIの画像を比べてみると、素人の目でも前よりも悪くなっているのが分かった。何たる屈辱、泣きたいのをこらえるのに必死だった。もう限界だった。この時はどうしていいかわからない症候群で、藁にも縋りたい気分だった。なのに、あの先生も看護師さんも皆、私にさらなる安静な生活をするように強要するだけだった。これ以上どうしていいのか、教えてくれる人は誰もいなかったのだ。
それはさておき、今度のクリニックの先生は、「順調です。このままゆっくり歩いていればいいですよ」と言ってくれる。どうしたらいいのかわからず、迷える子羊状態の私に板付きサポーターという優れものがあることを教えてくれた。とりあえずは最初の目標である関節液を止めることはできた。次は膝関節の痛みを軽減することで、これは一朝一夕というわけにはいかない。焦らず、気長に構えて毎日を過ごしていきたい。
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