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水中ウォーキングに嵌る

私にとっては癒しそのもの

 昨日もプールに行って、水中ウォーキングをした。これで3日間連続で通ったことになるが、ようやく気が付いたことがある。それは更衣室で、ちらほらやってくる人たちが皆立ったままで、皆着替えをすることだ。私が通っているスポーツセンターの更衣室には個室がないと既に書いた。まるで銭湯のような雰囲気に最初は戸惑ったが、お風呂屋さんだと思えば、すぐに納得出来た。当然のことだが、誰も長椅子に座って着替えをしようなどとは思わないのだ。足が不自由な私ぐらいものだった。今、初めてそのことに気が付いて、暫し愕然とした。

 プールに来る人は泳ぎたいからやってくる人ばかりだと限らない。そう思っていたが、更衣室で、のらりくらりと着替えをしている私は少数派なのだと実感する。プールサイドでびっこをひきながら、えっちらおっちら歩いているのは私ぐらいのものだ。プールに来れば、私と同様に足に問題を抱えた”仲間”に会えるとばかり思っていたが、当てが外れた。25mのプールを5周できるようにはなったが、プールから上がろうとすると毎回往生する始末。降りる時と比べると、かなり足に力を入れなければならないから。スイスイ歩けるのに、気をよくして、気持ちいいと悦に入った後で、一苦労して陸に上がる。ただ、水中ウォーキングをしている間は暫しの癒しの時間であることは間違いない。その間だけは、もとの足に戻ったかのような陶酔感に浸れるからだ。悲しいことに、もちろんそれは錯覚に過ぎず、落胆したまま家路を辿ることになる。それでも、やはりまたあの感覚を味わいたくて、プールに行きたいと思っている自分がいる。

 以前にも書いたが、3か月にも及ぶ安静生活で、体力も気力もなくした私には、外を歩くことは相当に堪える。家の中を歩くのと、外を歩くのとでは、身体にかかる負担は雲泥の差がある。膝のコルセットを身につけるようになってから、行動範囲はそれまでと比べて飛躍的に広がった。毎日歩くのを習慣にするようになったら、突然の変化にびっくりしたのか、良いようの右足まで、筋肉痛になった。ピリピリとした痛みが歩くたびに襲って来る。だが、もはや歩けるのなら、少々の痛みくらいは気にせず、歩きたいという気持ちの方が強い。これから生きていく限り、歩くという行為を避けては生きてはいけないからだ。

 最初受診した整形外科の先生に言われた「全治3か月」という言葉が頭をよぎる。そうなのだ、私の左足の怪我はそう簡単には治らない。焦りは禁物で、気長に”果報は寝て待て”とばかりにドンと構えるしかない。あれこれ考えてもどうにもならない療養生活を支えてくれているのは、なんてことはない、ネットの動画サービスと図書館だ。こんなものがと思われるかも知れないが、痛みから、とめどない不安から気をそらしてくれるのはエンターテイメントしかない。自慢にもならないが、Huluで3か月以上もドラマを見ていると、最近ではもう見るものが数えるしかなくなった。パソコンの画面を凝視するのに疲れると、今度は図書館で借りた本を読む。5月に入ってから、自分で図書館に歩いて行けるようになったので、もう家人に無理矢理に頼むこともなくなった。だが、今一つ問題が浮上した。それは私がネットで予約した本を取りに行く最寄りの図書館が蔵書整理のために1週間ほど休館になったことだ。現在私は宮城野昌光さんの小説『湖上の城』に夢中になっていて、3巻目を読んでいる。続きを読みたくてしようがないのだが、次の4巻を借りられなくて悶々としているところだ。本をよく見てみると、地域にある他の図書館の所蔵になっていることが分かった。図書館サイトで調べると、そこまで行けば借りられることは間違いない。だが、そこまで行くのにバスで往復440円かかり、さらに歩く必要がある。そうまでして行くのがいいのかどうか思案に暮れているところだ。

mikonacolon

 

 




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