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プール友だちから人づきあいを学ぶ

今どきの付き合いは、物を介さないのが流儀?

 お盆に帰省して、1週間ぶりにプールに行ったら、一番なかよしのプール友だちに会った。彼女はお盆の期間の金曜日にもプールに来ていたらしいが、意外に混んでいたようで、驚いたと言う。それと、突然のお誘いがあったらしく、八ヶ岳に2泊3日で行くことになった。なんでも、昔商売をやっていた頃の知り合いが、八ヶ岳に別荘の購入を考えているので、一緒に見に行ってくれないかと頼まれた。家まで車で迎えに来て貰い、向こうではペンションに泊まって大いに楽しんだ。ただ、夜は布団を被っていても、寒くて往生した。下界は猛暑で想像しがたいが、山麓は意外に冷え切っていると聞いて、私は目を丸くせずにはいられなかった。

 プール友だちの土産話を聞きながら、私は帰省のお土産を渡そうかどうか迷った。もちろん、今までの私の流儀では、親しい人にはささやかながらもまんじゅうの1個ぐらいは配りたいと思っていた。それぐらいは別に気にするようなことでもないと思っていた。だが、プール友だちの頭の中には、お土産、いわゆる物を他人にあげると言う考えは万に一つもなかった。旅行に行ったと言う土産話をするなら、それは当然お土産付きが当たり前と思っていた私の常識は見事に覆された。そんな人に、気軽に、よもやお土産のお裾分けを渡すことは気が引けた。

 こんな思考に至ったのは、プール友だちが、以前、「私、今日誕生日なの!」と言い放った時のことが原因だった。彼女は当節の仲良し家族で、娘や息子、孫とも日常的にラインで繋がっていた。朝一番に孫から「お誕生日、おめでとう、いつもカッコイイばっちゃんでいてください」とメッセージが届いたと喜んでいた。続いて、娘や息子からも続々とラインが入り、それでもう誕生日の儀式は一通り終わった。何よりも、自分の誕生日を家族が真っ先に気づいてくれることが喜びらしい。

 私などは、「あれ、誕生日のプレゼントはないのですか」とか「誕生日会はしないのですか」などと、ついつい聞きたくなるのだが、余計なお世話のようだ。プール友だちはその類のことは何も言わないので、おそらく私があって当たり前のものはなくていいのだろう。彼女は82歳の後期高齢者であり、お金を使わない、いや、お金にあまり頼らない生活を心がけているのだとしたら、それはそれでいい。だとしたら、八ヶ岳に行ったとしても、お土産なんて買わずに済ませばいいことだ。相手がそう言う流儀なら、私としても相手に合わせて付き合うことが肝心だ。

 なので、私は彼女にお土産を渡すことを辞めた。本当は、ささやかなまんじゅうひとつで自分の好意を伝えたかったのだが、必要ないかと断念した。それに、私は他人にお土産を買うことに少し疑問を感じてもいた。当たり前のことだが、お土産を買うにはお金がいる。それは必要経費と考えればたいていは納得できるのだが、そのお土産の値段がそれを買う場所によって、物凄く差があることに困惑する。実家のある地域では昔から一番有名なまんじゅうがあるが、それを新幹線のある駅のキヨスクで買うと1500円はする。ところが、家の近所、近所と言っても車で15分のスーパーでは、それが1000円で売っている。これは何なんだ!どういうことなんだ!と最初は不思議でならなかった。

 なので、それ以来私は駅のキヨスクでお土産を買うことが馬鹿らしくなり、二度と立ち寄らなくなった。それに、今のお土産は昔と比べると、パッケージが小さめなのに、値段は昔の倍で信じられないほど高くなっている。ある意味、お土産を買う楽しみを奪われたことに間違いはなく、寂しい限りだが、それが現実だ。これからはモノに頼るのではなく、どう過ごしたかによるコトが重要になり、それが本当のお土産だ。

mikonacolon

 

 




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