
台湾での苦い思い出が蘇った
昨日の朝日新聞の『声』欄に、三重県の看護師中村正美さんの「ゆったりお茶の時間 日々に必要」と題した投稿が載っていた。中村さんは台湾の観光地の九份(チウフン)に娘さんと行かれて、テラスでお茶を楽しまれたと言う。毎日の忙しさから暫し逃れて、とても寛いだ時間を過ごされて、大満足の様子。「多忙な時こそあの旅行での時間を思い出し、心をリセットする時間を持つようにしている」との感想で、文章は終わっていた。この投稿を読んだ私は、思わず、「そうなのよ、わたしだって、こんなゆったりした時間が欲しかったのに」と独り言がついつい口から出てしまった。
というのも、私は台湾の人気観光地である九份でまさに中村さんが堪能したような時間を過ごしたかったのに、果たせなかったからである。そもそもアジアに興味がなかった私が台湾に行くことになったのは、兄の葬式の時、姉に「どこか一緒に旅行に行こう」と誘われたからだった。お寺に向かうバスの中で、姉に「あんた、旅行の計画を立ててくれない?外国によく行ってるから、慣れているでしょう」と頼まれた。そうなると、無下に断ると言う選択肢など私にはなく、二つ返事で引き受けた。
台湾のことは何もしらないので、最初は戸惑ったが、旅行ガイドを何冊か買いこんだら、なんだかウキウキしてきて楽しくなった。旅行の計画を練っていたら、アジアに全く興味がなかったにもかかわらず、調子に乗ってその気になった。中村さんが言及されている九份は海あり、山ありの風光明媚な観光地で、特に私が気に入ったのは素晴らしい景色を眺めながら、美味しいお茶が飲める茶坊のテラス席だった。なので、台湾に行く準備段階から、九份に行くのが待ちきれなかった。私の頭に中にはテラス席でお茶を飲みながら、絶景を満喫している自分の姿しか浮かんでこなかった。
だが、現実はあまりにも惨かった。台湾駅前から混んでいるバスになんとか乗り込んで、九份のバス停に着いたまではよかったが、それからは最悪だった。九份は緩やかな山のようになっている地形なので、結構な数の階段を上らなければ茶坊にはたどり着けない。そんなことは最初から承知の上なので、早く茶坊に着かないかと私は気がせいてしようがなかった。だが、途中で予期せぬ出来事が起こった。台湾へは姉と義姉のミチコさんと私の3人で行ったのだが、言いだっしっぺの姉が突然叫んだのだ。「くさい!何?この臭いは?」
姉に言われて辺りをよく見てみると、店先で何かの肉のようなものを焼いていて、その臭いがプ~ンとあたりに漂っていた。その臭いがまたきつくて、鼻が曲がりそうな臭いなので、姉だけではなく、私も、「とんでもないところに来てしまった、どうしよう」となった。だが、私がそう思った瞬間、何と姉は一目散に走りだした。姉は私の「お姉ちゃん、待って、ちょっと待ってよ」という制止の言葉など無視して、どんどん先に行ってしまう。その時の私は、このまま姉がどこかに行ってしまったら、このまま姉を見失ったらとんでもないことになるとの危機感から、必死に姉の後を追いかけた。いつしか大勢の観光客がバスを待っている場所まで、逃げてきてやっと落ち着いた。
姉はひどい目にあわされて、不機嫌だった。姉に「もう、こんな所には一秒だっていられない、早く帰ろう」と言われたら、もはや、「上にある茶坊でお茶でも飲もう」などと誘える雰囲気ではなかった。かくして、私のテラスでお茶を飲んでまったりすると言う夢は儚く消えた。それに、私にはお茶に関して一つの心配事があった。それは、台湾駅前からバスに乗るときに、バス停がわからなくて、お茶屋さんで場所を聞いた時のことだった。私のつたない中国語に閉口したのか、店主はスマホを出して、翻訳アプリを使おうとした。その際、親切にもお茶を入れてくれたので、私は飲んで、とても美味しいと思った。だが、義姉はその色を見ただけで、「こんなお茶、大嫌い」と嫌な顔をし、お茶を飲もうとはしなかった。その時私は自分の浅はかさを思い知った。要するに、個人の好みというものを事前に確認しなかった私の落ち度なのだ。私の配慮が足りなかったのだ。
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