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泳げるようになりたい

プールに行ったら、思ってもみなかった願望が噴出

 私は子どもの頃から泳げない。水に顔を付けるのが嫌だし、鼻に水が入って、つ~んとなるのも嫌だった。それに、運が悪いと、プールの水を飲んでしまうのも嫌だった。友だちは泳げる子が多かったが、いまから思えば、すこしでも教えて貰えばよかったのに、そんな気などさらさらなかった。一生泳げないままでも、全然構わなかった。半ば諦めて、そんな身の程知らずの願望など抱かないのが身のためと思って今まで生きて来た。もちろん、私だって人並みに泳げたらどんなにいいだろうかと、一発奮起して、スイミングスクールに通ったこともある。だが、初心者コースのはずなのに、私以外は皆それなりに泳げる人ばかりだった。それに、レッスンはただ一人ずつ泳いでみるだけで、先生からのアドバイスはなかった。私は皆のように上手く泳げないので、時間がかかる。その間皆は私が泳いでくるのをじっと待っていなければならない。何度目かのレッスンの時、皆の私への視線に耐え切れず、限界を感じた。もう、私には無理だとはんだんし、諦めた。それ以来、泳ぐことをハナから諦めていたつもりだった。

 だが、左足を怪我して、プールに通い始めると、隣の自由遊泳コースで泳いでいる人たちを見た瞬間、「私も泳げるようになりたい」と身の程知らずにも思ってしまった。いやはや、私はウォーキングコースをただ歩いているだけで十分気持ちいいのに、それだけでもう十分なのに、見果てぬ夢を見てしまった。その時は、足が治ったら、今度は水泳に挑戦しようと胸が高鳴った。そして早半年がたったが、未だに足は発展途上のままで、からきし進歩がない。どうなっているのよ、と聞きたいぐらい、牛歩のごとく直りが遅い。このままでは泳げるようになるだなんてことは夢のまた夢だ。始めの一歩さえ、儘ならない状況である。

 そんなとき、日経の夕刊に連載されている『心の玉手箱』を読んで、俄然勇気が湧いてきた。ドイツ文学者の岡沢静也さんが37歳にして、水泳に挑戦し、1年で見事泳げるようなった成功談を書いていた。海の近くで育ったのに、泳げなかったそうで、一発奮起したのは、テレビで宮古島トライアスロンを見て、心を揺さぶられたからだそうだ。やる気になった丘沢さんは、早速スイミングスクールに通うのだが、いかんせん身体が水に浮かなくて、苦戦する。一緒に入った人たちがどんどん進級していき、初級には最後に丘沢さんだけが一人取り残された。それでも、丘沢さんは”石の上にも3年”と最後まであきらめることはなかった。「25mをクロールで泳げるようになったのは4か月後、背泳ぎでは6カ月後・・・」と言うように、努力は裏切らない。

 私が勝手に想像すると、間違ってもスイミング教室に通っているだけで、泳げるようになるとは思えない。スクールとは別に秘かにどこかで練習もして、やっとその成果を達成できたことは間違いない。毎日のようにプールに通っていると、初心者コースのレッスンを遠目に見る機会が多々ある。生徒さんは多くて6、7人だが、どう見ても、突っ立っている時間が長いように思える。コーチの説明を聞いている時間もあるから、実際に泳ぐのはほんのわずかの時間である。なので、レッスンの時間だけでは泳ぎが上達するとはとても思えない。皆それぞれ、個人的に練習しない限り、「泳げるようになりたい」という願望を実現するのは難しい。丘沢さんも、おそらく懸命に努力されたのだとお見受けする。

 さて、私自身のことだが、まずは左足の痛みが取れない限り、泳ぐ段階に行くことは考えられない。水の中では足の痛みが多少消えるとは言え、やはり心許なくて、頼りない。なので、今は左足の回復をただひたすら待っている。

mikonacolon

 

 

 




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