今週のお題「美容室でする話」

今のところ、たいして影響はありません
髪を切ってもらう時、私はいつもあまり会話はしない方だ。話好きでもないので、向こうから話しかけられない限り、何も話さないで済ませてきた。昔は美容室に行っていたが、そこは一人でやっている店だったので、会話はほとんどしなかった。その店が立退きで無くなってからは、髪を切るだけなので、カット専門の安い店に行くようになった。あの時も、いつものようにただじっとしているだけで、終わるはずだった。当時はコロナ禍の真っただ中で、会話は控えるのが常識だったはずだが、その時の美容師さんは違った。沈黙が嫌なのか、あるいは根っからの話好きなのかは知る由もないが、最初から私に話しかけて来た。
そうなると、私も好奇心を抑えきれず、雑誌のインタビュアーのごとく、そこのところを聞いてしまえ!とばかりに話は弾んだ。今にして思えば、あの厳戒態勢の雰囲気の中で、よくも最初から最後まであんなに喋りまくったのか、不思議でならない。当時世の中は、飲食店は何処も閑古鳥が鳴いていて、新聞には、歯医者に行くのを躊躇しているとの投書も寄せられた。行きつけのカフェには入る勇気がなくて、ただ素通りするしかなかった。それでも、歯医者だけは行くしかなくて、コロナ禍であっても毎週通っていた。それくらい私の歯はどうしようもないほど悪かった。コロナ禍だからと怖がって行かなかったら、えらいことになっていた。コロナ禍は終わったが、約3年も続くとはだれが予想出来ただろうか。
さて、美容師さんが話しかけてくるものだから、これ幸いにインタビューを始めた。一番最初の質問は、「飲食店は閑古鳥が鳴いている状態だそうですが、こちらの美容室はどうですか。お客さんは以前よりはこのご時世ですから、やはり減っているのですか」だった。すると、意外な答えが返ってきた。「おかげさまで、うちは全然前と何ら変わっていません。お客さんが来てくれるので、結構忙しいです」
美容師さんによると、自由に外に出掛けられない環境だからこそ、髪の毛だけはさっぱりしたい人が多いとのこと。閉塞感でにっちもさっちも行かなくなっている精神状態だからこそ、髪の毛が少しでも伸びるとうっとおしく感じるのだそうだ。たかが髪の毛と言うなかれ、人はほんのちょっとのことでも爽快感を味わえる生きものらしい。だからこそ、コロナウイルスの恐怖と闘いながらも、美容室に足を運ばずにはいられないらしい。1か月に1度は髪の毛を切っていた人は、コロナ禍になってもその習慣を捨てられないのだ。
あの時は確か年末年始の帰省の時期が迫っていて、美容師さんは田舎に帰りたいけど今年はやめることにしたと話していた。もし自分の我儘で帰省して、田舎の両親にコロナをうつしてしまったらと思うとできない。それに、向こうの両親も帰省を望んでいないようなのだ。当時は皆が皆、コロナウイルスに敏感になっていた時代で、コロナに罹った人は病原菌扱いをされていた。私ももしコロナに罹ったらと思うと、どうしたらいいのかと怯えていた。それなのに、私は美容師さんの帰省はやめた方がいいと言う話に頷きながらも、心では秘かに帰省を決行しようとしていた。コロナ感染の恐怖に怯えながらも、帰省をやめられなかったのはなぜなのか。
それは私の精神状態がもはや限界に達していたからで、閉塞感で膨張し、飽和状態になった心を開放したかったからだ。本当のところは外国に行きたかったが、それは無理なので、少しでも今いる場所より遠くと願い、帰省と言う行動に繋がった。今まで生きてきて、見たこともなかったガラガラの新幹線、実家の最寄り駅には人影はまばらだった。常識のある人なら絶対乗らないのだと実感したが、それでもそんなことはどうでもいいと感じずにはいられなかった。それくらい私は心を病んでいたらしい。
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