
何気ない一言にショックを受ける
昨日の朝、整形外科に行くために家を出たら、偶然、ご近所さんのひとりと出くわした。彼女とは道端で世間話をする程度で、たいして仲がいいわけでもない。創価学会に入っていて、選挙の折などには投票するように頼まれた。自治会で家人と顔を合わせるようで、私の足のことも知っているらしい。「大丈夫ですか」と声を掛けられた。そう言われた私は、普通なら社交辞令で、「ええ、大丈夫です」と答えればいいものを、ついつい本音が出た。「一向によくならないんです」とモヤモヤ全開だった。
すると、彼女は私を慰めようとしてくれたのだろう、「まだ、いいじゃないですか。歩けるのだから」と言う。彼女が悪いわけでも何でもないが、私はその言葉にカチンと来た。まあ、普通はそう言うしかないだろう、世間の人の判断は曲がりなりにも「歩ける」のだから、そんなに悲観的になることもないという道理なのだ。思わず、「違うんです、歩けないんですよ。無理矢理歩いているんですよ」と抗議した形になった。「自然治癒しかないんです」と付け加えてみたものの、肝心の「歩いてはいけないこと」を言うのを忘れた。
彼女の目に映る私は、何とか歩けているのだから、まだいい方の部類に属する人なのだ。私が口では「本当は歩けないんです」といくら主張したところで、現にこうして歩けているのだから、全然説得力は無かった。要するに、今の私の悶々とした気持ちを分かってもらえるわけもないのは重々承知で、受け流すしか術がなかった。
昨日はテレビの天気予報では積雪の話題で持ちきりで、私も前日から相当に警戒していた。だが、幸運なことに、大した積雪もなく私の不自由な足でも問題なく整形外科に辿り着くことができた。雨で足元が悪いせいだろうか、いつも混んでいる病院はガランとしていた。予約ノートの順番は22番だったが、リハビリの患者さんがほとんどなので、診察希望の私は、5分もしないうちに名前を呼ばれた。着ていたジャンバーが雨に濡れて、肌寒かったので、処置室に入るとすぐに脱いで、ベッドに横たわった。当然のことだが、歩けばさらに足の痛みは増すのは仕方がない。いつものように、先生に関節に溜まった水を抜いてもらう前にすでに左足には痛みがあった。「また、かなり溜まっているだろうなあ」と諦めていた。
だが、先生が「今日は16.5mlですよ」と数値を告げた後、「やっと減って来たようですね。よかった」と明るい声で言うので、俄かには信じられなかった。ここ3週間ほど全く減らなかった関節液が突然減ったことに、驚きを隠せない。一体全体どうなっているのかさっぱりわからない。ただ、思いつくことと言えば、2,3日前から夜早く寝るようにすると決めたことだ。考えてみると、人が一日の中で安静にしていられるのは睡眠の時間だけだ。だとすると、夜になると、静寂のせいで痛みが増すような気がして、就寝時間をできるだけ遅らせていた私は、根本的に間違っていたことになる。実際に、布団に入ったら、足がヅキヅキ痛んで、眠れなかったこともある。だが、整形外科を受診して、はや1カ月半にもなった今では、痛みで寝られないことはなくなった。常に鈍痛があることは確かだが、睡魔の方が勝つので気にはならない。いや、正確に言うと、気にしても仕方がないので、痛みに慣れただけのことだ。そう言えば、先のご近所さんの女性に「足は痛いんですか」と聞かれたとき、「しょっちゅう痛みます」と即答したら、気の毒そうな顔をされた。
現在の私に課せられたミッションは、できるだけ動かないこと、つまり、歩かないことだ。家の中ではあちこち動く用事が多い。できれば何もしたくないのに、動く必要に迫られる。昨日も玄関のインターホンが鳴ったので、出ようと立ち上がろうとした。だが、立ちあがるのに時間がかかり、出ようとしたら、もう遅かった。玄関ポストを開けたら宅急便の不在票が入っていた。
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