
止めようとしたが、決意は固いようで
プール友だちのマサコさんは、お腹と腰の痛みが和らぐからと、プールに週に2、3回通っている。よく話を聞いてみると、お腹の痛みは40年も前に手術したところが癒着しているのが原因だった。だが、病院に行っても、何とかして欲しいのに、先生にどうにもならないと冷たくあしらわれた。大病院に行って見てもダメなので、今ではとうに諦めていた。「私は一生、この痛みと付き合う運命なんだわ」と笑いながらも、嘆いていた。それでも、四六時中ずうっと痛いわけではないらしく、おうちにいるのが大好きなマサコさんは、「それでもいいか」と気にしている様子もなかった。家で縫い物や料理をして一人の時間を楽しんでいるように見えた。
だが、昨日マサコさんが、「私、昔化粧品を買ったことがある○○○製薬の漢方薬を飲むことにしたの」と言い出した。それを聞いた私はそんなの効くわけがないと内心思いながら、慌てて止めようとした。「そんなの効きませんよ」とはいくらなんでも言えないので、即効性はないし、相当長い間飲まないと効果はないからやめた方が良いと説得しようとした。それに、私は痛みを取ると謳う漢方薬や健康食品を全く信用していないからなおさらだった。あれは人の痛みに付け込んで、人の心をもてあそぶ輩としか私には思えない。考えてみると、ついこの間まで騒いでいた紅麹がいい例ではないか。健康のために飲んでいた健康商品が1年経ったら、身体を蝕んでいる凶器だと知った人の心はいかばかりだったのか。それを思うと気の毒で胸が痛む。飲まないより飲んだほうがいい、だなんて一体全体誰が言ったのだろうか。無責任にもほどがある。あんなものは飲まない方がよかったのだ。もっと身体のためになるいい方法がいくらでも探せたはずだ。お金では健康は決して買えないのは明らかなのに。
マサコさんが某製薬会社の漢方薬を飲もうと決意したのは、テレビでやっていたCMがきっかけだった。遥か昔に化粧品を買っていたのに、未だに電話が来て、「どうですか」と勧められるので、なかなか誠意がある会社だと好感を持っていた。そんなとき、その製薬メーカーが痛み止めを売り出していることを知った。ここの会社の製品なら間違いないと思ってしまったマサコさんは、藁にも縋るような気持ちで、飲んでみようと決めたのだ。マサコさんはその会社に絶対的な信頼を寄せているらしく、私の意見などに耳を傾けてはくれなかった。もういいやと諦めかけていた矢先に、漢方薬のCMを見て、何か感じるものがあったと言うことは、本当のところは諦めてはいなかったのだ。
マサコさんの話では、その漢方薬は一日に3回飲んで、1か月1万4千円ほどかかるらしい。まずは3か月試して、それからどうするかはその時考えることにした。「ああいうものは、飲み始めたら、ずうっと飲まなければならないのですよ。途中でやめられないのですよ」と説得を試みるも馬耳東風だった。マサコさんにとってはその漢方薬は最後の頼みの綱であることは間違いない。だが、それが蜘蛛の糸のような頼りないものかもしれないのだ。そう考えると、胸が痛む。「1カ月1万4千円で、1年にすると15万円ぐらいだから、最後の投資と考えたら、まあいいかと思えるの」とマサコさんは明るく笑う。こうなると、もう私が何を言ってもマサコさんの心には届かない。知らないふりをして、漢方薬の話題にはできるだけ触れないようにして付き合っていくしかない。まあ、週に2度くらいしかプールで会わない人なので、全然構わないのだが、油断をすると街中で会うことがあるから、気を付けないと。マサコさんの辛さは本人しかわからないが、私だって足の痛みを日常的に抱えているのだから、少しはマサコさんの気持ちに寄り添ってあげられるはずなのだ。
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