今週のお題「となり街」

友の行動範囲の広さに仰天
恥ずかしい話だが、高校生になるまで、自分ひとりで電車に乗ったことがなかった。当時辺鄙な村に住んでいた私には、電車に乗らなくても、何ら支障はなかったし、またさしせまった用事もなかった。だが、村しか知らずに育った私は、高校に入ってカルチャーショックを受けた。高校は自転車で30分の距離にあって、歩いて行くのは無理だし、交通の便も悪いので、雨の日も雪の日も自転車を漕いで通った。そこで、出会ったのが、私の村のすぐ隣にある町からきている女の子で、最初は怖そうでお互いに警戒していたが、意外にもすぐに仲良くなった。
彼女も家から自転車で通っていたので、いつも途中まで一緒に帰るようになった。話をしてみてわかったのは、彼女の家からすぐのところにバス停があり、ときどき電車を乗り継いで都心に遊びに行っているとのこと。また、地元のプロ野球チームの試合を見に行くこともあり、昼間、球場のあたりをぶらぶらしていると、偶然にチームのスター選手に会えることもあると言う。私の父や兄も、地元チームのファンで、野球の試合をテレビ観戦していたので、野球に関心がない私でも、当然主力選手の顔も名前も自然と知っていた。テレビでしか会えないと思っていた選手に実際に出会えるだなんて聞かされても、俄かには信じられなかった。彼女が話してくれるのは、自分とは縁遠い世界のことで、全くの別世界だった。
学校の帰りにちょっと彼女の家に寄ってみると、小さな商店街があって、自分の住んでいる村と比べると賑やかなのに少しびっくりする。八百屋もあるし、本屋も飲食店だってあることに、まずは羨ましいと言う気持ちが湧いてくる。すぐ側にバスの停留所があって、その大通りは何駅か先の村のバスの停留所に続いていることは明かだった。目の前の賑やかなバス通りと、自分の村の田んぼしかない辺鄙なバス停の風景は見かけは雲泥の差があるが、確かに繋がっていた。たった一つの路線で貴重な交通手段だった。1時間に1本しかないバスであっても、ひとたび乗ってしまえば、都心にだって、何処にだって行けるのだと思えて嬉しくなった瞬間だった。
かと言って、自転車通学の高校生が、急にあちこちに行けるわけもなく、交通手段がない不便さに阻まれて、いっこうに行動範囲は広がらなかった。それでも、都心の教会でやっていた英会話教室に一緒に通ったことは良い思い出になった。
彼女の父親はとなり町では名の知れた不動産屋を営んでいて、私の家よりずうっと裕福だった。それなのに、学校でお昼になると、私の弁当箱をのぞき込んで「それ、お姉さんが作ったの?美味しそう。いいねえ」などと可笑しなことを言う。そう言われても、私は、「そうだけど・・・」と返しながらも、彼女が言っている意味が理解できなかった。すぐに謎は解けた。彼女は毎朝自分でお弁当を作って学校に来ていた。彼女の口癖は「卵一個でどれだけ工夫しておかずを作れるか」で、どうやら、毎日食べる物にはお金をかけない主義らしい。それに、彼女の家には複雑な事情があり、母親は継母で、小さな妹もいるのだが、仲が悪いことは遊びに行ってすぐわかった。同じ家に同居しながら、父親と継母、二人の娘の3人と、祖母と彼女の2人が日々バトルを繰り広げていた。
それはもっと水面下で静かに行われているかと思ったら、ストレートなのに驚いたことがあった。家に遊びに行って、友だちと彼女と3人で部屋で談笑していたら、不意に妹が顔を出したことがあった。何をしているのだろうと見に来ただけで、そのまま何事もなく過ぎるのかと思っていたら、違った。彼女が「○○ちゃん(妹の名前)、いくらいいピアノを買ってもらっても、弾かないのなら、もったいないよ」と妹に向かって皮肉を言ったのだ。それを聞いた妹はぷいと顔をゆがめて、すぐに走り去って行った。友だちと私は、何も言えず呆然とするしかなかったのは言うまでもない。
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