
味のない焼きそばに仰天
先日の朝日新聞の土曜版Beのアンケートのテーマは、「つくるならチャーハン?焼きそば?」だった。普段のご飯で、簡単で食べ応えのあるメニューは何かと読者に問いかけ、その代表候補として浮かんだのが、チャーハンと焼きそばだった。考えてみると、チャーハンは私の中では、さしずめ残り物料理の筆頭格で、昨日のご飯の残りを何とかしたいとか、冷蔵庫の中の使わないで出番を待っている野菜を何とかしたいときに最適なメニューだ。以前、飲んだ後に何か食べたいと思った時、仕方がないので、残り物のレタスをいれたら、意外に美味しかったのにはびっくりした。レタスは生でのみ食べるものかと思っていたので、炒めて食べても美味しいという発見が新鮮だった。だが、私はどちらかというと、白いご飯が好きなので、冷蔵庫に作り置きしてある常備菜でもあれば、それで満足できる。もし何もなかったら、そうだなあ、さしずめレトルトカレーでもたまには食べてみるとかというノリで、一年に一度あるかないかの「たまには」を楽しむのもいい。
正直に言うと、私はチャーハンの味付けがイマイチ上手くできない。だいたいがチャーハンを作るときは、醤油で味を誤魔化し、それでもなんとかならない時はシャケフレークでも入れて味変を試みるのが落ちだ。チャーハンの味が整わないと、味が変に濃くなる傾向があるので注意が必要だ。そのため、自分から進んでチャーハンに挑戦する気にはならないのが現状だ。迂闊に近づかない方が身のためであることは何よりも自分が知っている。チャーハンは、あれはただの焼き飯?などではなく、完璧なものを作るとなったら年季がいることは重々承知している。
さて、一方の焼きそばはというと、あれはいちいちスーパーに行って黄色い麺を買ってきて、スタンバイしなければならない。野菜は家にある玉ねぎ、キャベツでいいし、肉は冷凍庫にストックしてある豚肉で事足りる。ただ、最近はキャベツが天文学的に高くなり、キャベツを気軽に買うことができなくなった。先日などは1玉580円という値札が付いていて、仰天した。とても手に取る気にはならず、逃げるように売り場を後にした。焼きそばのためだけに、キャベツを買おうかどうか迷った挙句、結局は安い白菜で代用したこともあった。これがまた、たいして違和感もなく、受け入れられた。何か言われるかとびくびくしていたが当の相手は野菜の色などちっとも見ていなかった。キャベツの緑が白菜の白に変っただけのことで、焼きそばの味には何の支障もなかったのだ。そんなことなら、何も馬鹿高いキャベツに拘ることはないと今なら言える。
日本で食べる焼きそばは、海外旅行に行っても、あちこちで出会ったが、これがまた信じられないほど不味い。焼きそばはあちらではヌードルと呼ばれ、でも日本人にとってはヌードルはラーメンなのではないかとも思うが、彼らにとっては別ものらしい。初めて、日本の焼きそばに出会ったのはベルリンの屋台だった。「焼きそばだ!」と喜び勇んで衝動買いしたものの、これがまたどう表現していいか困る味で、がっかりした。辛くもなければ、甘みもない、要するに、味がないというのが本当のところだった。ああいう店はたいてい中国人がやっているが、彼らは日本の焼きそばの味を再現できないのだ。決して安くはないのに、買ってしまったが、口の中に放り込んでも喉を通らない。
よく見てみると、焼きそばの山はうず高く、全然売れていないのは歴然だった。ようく観察すればいいのに、焼きそばだ!と感激するあまり、ついつい買ってしまったこちらにも非はある。それにしても、なぜあんなに不味いのか。あんなものを売る事自体、どうかしているとしか思えない。
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