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忘れられたかもしれない私

  昨日整形外科に行ったら、いつもと同じように30分くらいしたら、名前を呼ばれた。混んでいる時のお約束のように、リハビリ室に隣接している処置室で待つように言われる。「リハビリ室から入って」と看護師さんに言われるまでもなく、中に入ると、大勢の人がベッドに寝て、マッサージやら、機械とかでリハビリの真最中である。その間を移動するのはなんともバツが悪いというか、その気まずさに慣れることはない。衝立で仕切られた処置室に入ると、靴を脱いで、ベッドの上に上がる。左足につけているサポーターを外して、寝転び、先生の来るのを待っていた。

 その時の私は、先生が遅くとも10分以内に来てくれると高を括っていた。だが信じられないことに待てど暮らせど、いっこうに先生は来ない。来ないどころか、いつも近くで聞こえる先生の「お待たせしました」とか「いいですね」とか「頑張りましょう」などと言う声も全く聞こえない。一体先生は何処にいるのか、先生の声が私の耳元に届かないということは、要するにまだまだわたしの番ではないということを意味した。思わず、腕時計を見ると、なんと呼ばれてからすでに30分以上経っているではないか。もしかしたら、私の存在自体忘れられたかもしれない,そう思ったら急に不安に駆られた。すでに10時15分を過ぎている。どうしようと思ったその時、看護師さんが現れた。「ごめんね、待たせちゃって、もうすぐ先生が来るからね」との慰めの言葉に胸を撫でおろす。左膝に針を刺されるのは嫌だが、それより嫌なのは、自分が忘れられているかもしれないとの疑心暗鬼になることだ。こんなことなら、待合室で待たされた方がよっぽど納得がいく。ベッドで待った方が、椅子に座って待つより楽かもしれないと思っていたことは確かだが、実際は余計な不安に駆られた分、いつもよりどっと疲れた。まあ、あんなことは滅多にないとは思うが、この先遭遇した時はもっとリラックスできるだろう。

 実を言うと、これまで順番が遅いにもかかわらず、待ち時間が予想したより短かったので、待つことに慣れていなかったらしい。いつも椅子に座って、図書館で借りた本を読んでいるが、それも30分も経つと辛くなってくる。本に飽きるというよりも、座っている体勢自体が耐えられなくなってくる。私の左足はまともには曲げられないので、足を投げ出すような形でしか座れない。その限界が30分ほどで、じっとしていられなくなりもぞもぞしてしまう。これまで幸運なことに、たいていタイミングよく看護師さんに名前を呼ばれることが多かった。考えてみると、今回も、椅子で長々と待つよりもベッドに寝転んで待つ方が楽だった。ただ、漠然とした不安に襲われたのがいけなかっただけのことで、私の左足からしたら、十分歓迎すべき事態と言える。昨日のことでもう免疫はできたので、これからは余計な不安に襲われることはもう無いだろう。

 待合室で診察の順番を待っている人が、いったい何をしているかを観察してみると、やはり携帯を見ている人が多い。次に私のように本を読んでいる人もいるが、ただぼんやりとしている人もいる。そう言う人はたいてい退屈でたまらないという顔をしていることが多い。そんな状況が嫌だから人は予約を取りたがり、できるだけ待ち時間を短く済ませようとするのだ。そのためには朝早くから列に並ぶことも厭わない。昨日、すでに2枚目になった整形外科の予約ノートに遅まきながら、名前を記入しようとして、初めて気が付いた。予約番号に4と9は無かった。どこの病院の病室の番号にも4と9は無いのと同様に、この整形外科でもそのお約束が実行されていた。なので、一枚目の予約番号は34番までとなっていて、2枚目は35番からだった。今朝私は自分の名前を書こうとして初めて、4番が抜けているのを発見した。

mikonacolon

 




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