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花壇のこれからが楽しみ

町中に突然、花壇が出現

 早朝の散歩コースのひとつになっている市営住宅の敷地に、突如、花壇が出現した。降って湧いたとしか思えないその花壇は、以前ブログにも書いたことがあるが、坂道に沿ってある土手のようなところにできていた。市営住宅の敷地のすぐ脇は坂道になっていて、石垣が積まれていたが、以前は雑草が繁茂していた。そこに3月になると、つくしが生えているのを発見して、小躍りしたものだ。田舎に住んでいた子供の頃はつくしなんて珍しくもなかったが、都会では滅多にお目に掛かれないので、誰かにつくしを見つけたよと言いふらしたくなった。つくしは雑草だが、あれはあれで結構なお金になることをネットで知って、仰天した。なぜなら、スーパーで売っているようななめ茸の小さな瓶に入っているつくしはなんと500円の値段が付いていたからだ。つくしはただの雑草だとばかり思っていたが、あれは春の訪れを告げる味覚で、食べられると分かれば、たかが雑草でも重宝されるらしい。

 その石垣は5段、いや6段ぐらいはあるだろうか、そこに黄色のビオラと白くて可憐なアリッサムが植えてあった。一体、誰が、いつ、こんなに整然と結構な数の花を植えたのだろうか、不思議でならない。今まで草ぼうぼうで、時にはゴミ捨て場かと見間違うよう光景を目にすることもあった。カップラーメンの空き容器やお菓子の空き袋等が平気で捨ててあった。どうせ雑草が生えているからという理由で、躊躇なくごみを捨てていた節があるが、これからはどうだろうか。あんなに整然と、黄色と白の花が植えてあるのだから、そこを通る人の意識も変わるはずだと思うのは期待し過ぎだろうか。今のところ、以前のようにレジ袋でごみを捨てていく人はいないようだ。

 考えてみると、以前は空き地でゴミ捨て場同然だった場所が、花がある花壇のような楽園に変ってしまったのだから面食らうのは当然だ。実際、私も花が植えられている光景を見た瞬間、「いったいこれは、何ごと?」と訝しく思ったひとりである。そもそも、この場所は市営住宅の敷地内であることは間違いなく、業者が定期的に草刈りをしていた。だとしたら、突如出現した花壇も、お役所の企てなのかと想像するに難くない。確かに、草ぼうぼうの状態よりは、花が咲いている方が目の保養にもなり、街の美化にも貢献することは間違いない。最近一段と寒さが厳しくなってきた感があるが、それにも関わらず、黄色のビオラと白くて可憐なアリッサムは凛として咲いている。あんなに小さくても、寒さに強い花たちを見ているだけで、なんだか心に感じるものがある。

 実はこの市営住宅の石垣については以前「夏の異変」と題してブログに書いた。記憶の中に少しでもあるだろうか、あのひまわりの突然の出現を覚えているだろうか。最初はただの雑草かと思われた草木が、だんだんと太い幹になり、やがて、天を仰ぐような立派なひまわりの木に成長するという信じられないような話だ。ざっと数えてみたら、その数何と24本で、毎日観察していたら、花の部分の重みに耐えかねたのか、頭をたれるようになった。夏の暑さにしばらくは抗っていたが、だんだんと葉も茎も茶色になって朽ちかけて行った。この先どうなるのかと危ぶんでいたら、ある日、ひまわりの大群は消えていて、跡には小さな切り株が目立たないように残っていただけだった。実に鮮やかな切り口でひまわりは切り取られ、何処かに運ばれた。確かに前日までは存在していたのに、それを否定するかのように、蜃気楼のようにひまわりの大群は消え失せた。

 春にはつくし、夏はひまわり、秋は無くて、今の季節の冬には、ビオラアリッサムが楽しめる。町の中の小さな変化に皆が皆気づくわけではない。少し観察してみると、皆足早に通り過ぎて見向きもしない人が大半だ。もしかしたら、こんなことを思うのは私だけかもしれないが、密かにこれからの花壇の展開を期待している。

mikonacolon

 

 

 




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