以下の内容はhttps://mikonacolon.hatenablog.com/entry/feel-change-at-poolより取得しました。


プールで感じた変化

これが吉と出るか凶となるかはわからないが

 先月から市民スポーツセンターのプールに通っている。試しに回数を数えてみたら、昨日で14回目だった。週に3回、多いときは4回通っている計算になる。一日に行く場所はひとつと決めている。以前、午前中に歯医者に行き、午後にプールもと欲張ったら、足の踝がプクンと腫れてしまったことがあった。それ以来、無理はしないと決めている。だいたいが、3か月も動かない生活をした後で、突然元の生活に戻ろうとするのは暴挙以外の何ものでもない。膝のコルセットを付けて、動けるようになってからやっと1か月経った。良い方の右足は突然動かされたものだから、びっくりして筋肉痛になっている。痛いのは怪我をした左足でも十分なのに、右足の痛みは余分だろうと嘆きは止まらない。それでも、行くべきところがあるので、無理矢理歩いている。つまり、他人からみると、まだ歩けるからマシと言うことになる。

 さて、今週の月曜日にプールに行った時、「あれ?」と首を傾げるようなささやかな変化があった。それは、プールから上がった時、いつもならベンチで休憩してからでないと、更衣室に行けなかったのに、その日は違った。「もういいや」とばかりにさっさと更衣室まで歩けた。その動作をいかにも自然とできたので、我ながら困惑した。さらに、翌日はまた不思議な体験をした。私が自分に課しているノルマは25mプールを5周することだったが、この日は5周目を歩いている最中に、何とも言えない気持ちよさを感じてしまった。水の中に漂っているような陶酔感を味わっていたのだが、あっけなく5周目は終わってしまった。これならもっとやれるかもというもう一人の自分の囁きを、慌てて阻止した。これ以上やったら、足が疲れて、家に歩いて帰れないかもしれないと言う恐れを抱いたからだ。もしも調子に乗ったら、自分はどうなってしまうのかわからない。怖いもの見たさの性格はどうしようもないが、ギリギリのところで欲望を抑えつけた。

 そして、昨日はどうなったのかと言うと、なんとまあ、5周目では飽き足らず、「これならいける」とばかりに6周もしてしまった。正直言って「まだまだ大丈夫」と言う気になったが、さすがにやめておいた。要するに、それくらい、嬉しいことに私には体力が付いたのだ。3か月にも及ぶ安静生活を送っていた私は体力も気力も何もなかった。家からプールまで20分の距離を歩くのが精一杯。それから着替えをして更衣室からプールサイドまでえっちらおっちら歩く。誰の目にも「あの人、足が悪いんだなあ」と映るのは必至だ。それでも、人の目を気にしている余裕など私にあるはずもなく、気にせずに通っていた。想像していたのと違って、私のような”仲間”の姿はなかった。今の私には人目を気にしてどうこうするというような贅沢な選択肢はない。

 そうこうしているうちに、プールに来ている人から声を掛けられるようになった。30年来プールに通っていると言う女性はいつもプールの端っこで、平泳ぎの足の形を練習している。彼女は泳げるのに、泳ぎたいのに、悲しいことにできないと言う。それは、プールで泳いでいたら、バタフライをしていた男の子に耳を蹴られたからだ。それ以来、左の耳に水が溜まるようになって、嫌で嫌で仕方がないらしい。もちろん耳栓はつけているのだが、それでも耳に水が溜まる。なので、もう泳がないことに決めた。30年も通ったから、「もういいか」と自分でも諦めている。

 もうひとりの高齢女性は、お腹を手術した後に、傷口が癒着してしまった。不運なことに、どこの病院に行っても治らないと言われた。なので、今は毎日のリハビリとたまにプールに来る生活を続けている。どちらの女性も話を聞かなければ、どこも悪くないように見える。足が不自由な私などに比べると、羨ましい限りの人たちだが、実はそうではなかったのだ。人は外見だけでは、その人が抱えている悩みなど分かるはずもないのだ。

mikonacolon

 

 




以上の内容はhttps://mikonacolon.hatenablog.com/entry/feel-change-at-poolより取得しました。
このページはhttp://font.textar.tv/のウェブフォントを使用してます

不具合報告/要望等はこちらへお願いします。
モバイルやる夫Viewer Ver0.14