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夕刊の連載、突然無くなった

またひとつ、お気に入りが消えた

 お盆の帰省で、しばらく家で取つている新聞3紙と疎遠になった。帰って来て、日経の夕刊を読んでいたら、あれ!と思った。それまで毎週連載されていた岸本葉子さんの『人生後半、初めまして』がどこの時にも見当たらないことに気が付いた。よく紙面を見てみると、確か2面にあったはずの『人間発見』があろうことか、所定の位置に載っている。これは一体どうなっているのかと首を傾げるばかりだったが、そう言えば、帰省の前に思い当たることがあった。それは、これまた毎週連載されていた、レイルトレインランナーの鏑木毅さんの『今日も走ろう』の文末に書かれていた注意書きだった。そこにはこう書かれてあった、「この連載は随時連載になります」と。その際は一体全体何のことだかわからなくて、概要がつかめなかった。だが、別の記事が本来あるべき位置を脅かすことになって、鈍感な私も遅ればせながらやっと気が付いた。要するに、鏑木さんと岸本さんのエッセイの連載は事実上終わったのだと。そもそも「随時」という言葉はあやふやで、日にちが決まっていれば、「次回は何月何日に載ります」とでも言えばいいのだろうが、その予定もなければ何の予告なしに打ちきるのだろう。

 正直言って、別にお二人の記事を愛読していたわけでもないのだが、私は岸本さんのエッセイを文章作成のお手本にしていた。鏑木さんに至っては、プロで頂点を極めた選手であっても、引退後の人生は必ずしも順風満帆でないことを学んだ。なので、ずうっとお二人の記事を読めると高を括っていたら、思わぬ落とし穴に嵌ってしまった。新聞の記事には、「連載中止」とははっきり書かれてはいないが、突然の連載休止には間違いない。あって当たり前のものが突如として無くなるのは、やはり衝撃で、私の場合、本当のところを知るのに時間がかかっただけのことだ。それにしても、私は心底変化に弱い人間だ。未だに困惑している状態を脱し切れてはいない。

 私は別に経済に興味があるわけでもないが、空気のごとく思っていた日経の夕刊を毎日楽しみにしていた。そんな私のお楽しみは突然奪われたが、それも世の中の流れと受け流すにはまだ時間が必要だ。新聞の紙面は編集部の都合によって勝手に変わるものとの見解を受け入れなければならない。なんだか、夕刊がつまらなくなった気がするが、まあ、それも良しと諦めることにしよう。

 変化と言えば、お盆に帰省して、車で他県からの帰る際に新しくできた新吉良大橋を渡った。それまでは昔からあった吉良大橋を利用していたが、今回は初めてその橋を渡って家に帰って来たら、何と、実家の畑の真ん前の道まで続いていた。要するに、実家の畑は新しい道に少しだけかかっており、少しばかりの土地を売ることになったのだ。車を運転しながら、義姉のミチコさんが「そのおかげで、今乗っている車、つまりノートも買えたのよ」と教えてくれた。家の畑は今は二番目の兄が家を建てて住んではいるが、隣は墓地で、子供の頃は火葬場も兼ねていた。畑のすぐ隣に小さな小屋があって、屋根にある煙突からは白い煙がもくもくと出ていたことを思いだす。いつしかその小屋は使われなくなり、ついにはあばら家になり朽ち果てた。私が上京して数年後に戻った時にはもうその小屋は姿も形もなかった。考えてみると、家の畑の隣りが墓地だなんて、何だか薄気味悪いが、子供の頃からそういうものだと思っているので、たいして気にならない。畑と墓地の間に琵琶の木や無花果の木があって、いつでも食べられたのに、それでも手が出ることはなかったのはどうしてなのか、今更ながら疑問に思う。おそらく、家の庭にあった柿の木の柿が渋柿で食べられたものではなかったのと同様な理由なのだろう。

mikonacolon

 

 




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