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消えた街の華やかさ

外食をしなかった訳は

 今回のウィーンとポーランドを巡る旅では、ほとんど外食をしなかった。誤解されるといけないので、言っておくが、私は決して、節約一辺倒の旅行者ではない。節約を優先して、楽しみを諦めるような考えは一切ない。なので、街角に行列があったら、好奇心を抑えきれず、「いったい何だろう?」と確かめずにはいられない性分である。それなのに、残念なことに、そんな光景には一度たりとも遭遇できなかった。外食は高いと頭ではわかってはいるが、折角外国に来たのだから、現地の美味しいものに舌鼓をうって、旅情を満喫したいという願望は常にあった。それなのに、その機会には出会わずじまいだ。

 ウィーンに行くのはかれこれ15年ぶりだったが、今回は町の変貌ぶりに愕然とした。私が知っている当時のウィーンはカフェ文化が隆盛で、街のいたるところに飲食店が立ち並んでいた。テラス席が至る所にあり、どこに入ろうかと悩むくらい賑やかだった。今回そんなイメージが頭に焼き付いている私は、実際の街の殺風景さに衝撃を受けた。信じられないほど、店がなかった。要するに、飲食店は駅の構内や、大型のショッピングセンターに行かないと見つけられないのだ。このような光景は、私が生まれた町のそれに似ている。個人商店は淘汰され、大規模な店舗だけが生き残る弱肉強食の構図だ。

 当時の私のポリシーは、目的の場所に行きつく途中に、何か面白い場所や物があったら、迷わず寄り道をすると言うものだった。今でも覚えているが、あのとき、私はウィーンの自然史博物館に行こうと急いでいた。なぜかというと、その日はウィーン最後の日で、しかも午後の3時だったからだ。急がないと、博物館を見学する時間が無くなってしまうと焦っていた。博物館の閉館時間は午後5時だった。ところが、途中で、あれは何だったのだろう、セルフのレストランか、あるいは土産物屋か、とにかく、なんだか良さそうな興味をそそられる何かが存在していた。そうなると、いてもたってもいられなくなり、寄り道をしたくなった。その瞬間、博物館に行こうという気は消え失せていた。一緒にいた友だちが、「ねえ、博物館はもういいの?」と驚いたような顔をした。私は即座に「いいの、だってこっちの方が面白そうだから」と答えた。私の気まぐれな好奇心は、博物館から、なんだか面白そうな対象に一気に飛び移った。それでいいのだ、と昔も今もそう思う。 

 それなのに、今回当時歩いたであろう道を改めて歩いてみても、目を奪われるよう何か、どころか店一件も見当たらない。これでは街歩きが全然楽しくない、いや、歩こうとさえ思わないないだろう。ウィーン中央駅についても、駅の周辺は暗い雰囲気で栄えているような気配は一切ない。これが本当にウィーン中央駅前なのだろうかと訝しく思えてきた。愕然とするが、自分の目の前にあるのは厳然たる現実で、受け入れがたいが受け入れるしかない。私が知っている昔のウィーンは何処かに消えてしまってもう無い。

 当時はセルフのレストランの店先に人が並んでいるのを見かけて、入ったりもしたが、もちろん私の口には合わなかった。唯一気に入って通ったのは、ベジタリアンレストランでオーガニックの材料を使っていて、野菜が甘くて美味しかった。当時1ユーロ170円の時代に料金は25ユーロだった。野菜が中心の惣菜が何種類もあり、ビュッフェ形式で好きなものを好きなだけ食べられた。ピラフもあったし、パンも美味しかったので、お腹が苦しくなるまで食べに食べた。

 それなのに今回はヘンリーという惣菜店しか行く店がなかった。いや、正確に言えば、パンが嫌なら、ここでは食べる物がない。お米を持って行かなかったら、どうなっていたかと想像するだけで、ゾッとする。街中で皆がしている食事はパンとコーヒーだが、それでも結構な値段になる。毎日お米を食べて居る私には、彼らの真似はできないし、絶対真似したくはない。

mikonacolon

 

 




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