
これまでの固定観念が揺らぎ始めた
昨日書いた稲垣えみ子さん本のことだが、洗濯に関する記述を読んだら、目から鱗だった。なんと、よく見かける衣類の黄ばみは、洗剤が落としきれていないからだとの事。ええ!?だって洗剤でなければ、汗や汚れは落としきれないのではないのですか、という疑問が頭の中を駆け巡る。だが、稲垣さんによると、水洗いで汗はほとんど落とせると言うのだ。では、一体洗剤は何のためにあるの?とメーカーに問い合わせたくもなる。そもそも洗剤は衣類の汚れを落とすために、水だけでは汚れを落とせないであろうからこそ開発されたとばかり思っていた。なので、あれは、つまり洗剤はたくさん入れれば入れるほど、汚れが落ちるからいいのだと間違った思い込みをしていたのだ。
よく考えてみれば、「水だけで十分です」などと言おうものなら、たちまち洗剤メーカーは凍り付いてしまうだろう。たくさんの研究員の努力のたまものである製品が顧客にそっぽを向かれたらとんでもないことになる。まあ、洗濯洗剤などなくても、汚れが酷ければ固形石鹸でゴシゴシすれば、たちまち綺麗になる。いやいや、私などもついつい洗剤は洗濯において万能なものだとばかり思いこんで、多めに入れた方が良いとさえ思っていた。そうなると、当然すすぎが1回では心もとないので、注水ありの2回に設定してしまう。よくよく考えると、洗剤と水の無駄遣いに他ならない。
稲垣さんの鋭い指摘に目を覚まされた私は、ずうっと喉元に突き刺さっていた魚の小骨のような存在のある衣類を思いだした。見ているのが辛いので、それから目をそらすべく、押し入れに隠しておいたが、それの存在は忘れようと思っても忘れられるわけもない。そう、それは去年の10月にポーランドのクラクフで転倒して、左袖に穴が開いたダウンコートだ。当時は接着剤も何もなかったので、とりあえずのつもりでご飯粒を糊として活用し、側に置いてあった紅茶のパッケージで蓋をしただけだった。日本に帰ったら、なんとかしようと思ってはいたが、その後もそのままで、あろうことか平気で着用していた。
何とかしなければと気持ちは急くが、どうしていいかわからない。今は猛暑の夏の盛りだが、またもや酷寒の冬がやってくるのは目に見えている。その時にも、このお気に入りのコートを着たいのはやまやまだが、一体全体どうやって洗ったらいいかわからない。以前なら洗濯用の袋に入れて、洗濯機に放り込んで洗っていたが、さすがに負傷したダウンコートを洗濯機で洗うわけにもいかないではないか。お決まりのように、ネットで検索してみるが、補修用シートと言うのは100均で手に入るが、洗濯のことまでは言及されていない。
でも、よく考えてみると、穴が開いた部分は洗えなくても、それ以外は洗えるではないか。ではどうやってと考えたとき、稲垣さんのアドバイスを思いだし、そうか、なにも洗濯機でなくても、水洗いで、それも手洗いで十分ではないかとストンと心に落ちた。ダウンコートを洗うようなたらいは持っていないが、何かないかと鈍い頭を捻ったら、お風呂の浴槽が有るではないかとピンときた。それで、浴槽をたらいとして使い、まんまとダウンコートを洗うことに成功した。もちろん、左袖の穴の開いた部分はビニールの袋でガードし、濡れる危険を回避した。思えば、あのコートは以前ロシアのモスクワで買って、軽くて暖かいので重宝していたお気に入りのコートだった。日本で同じ物がないかと探したが、悲しいことに見つけられなかった。
水洗いして、ハンガーに干し、ベランダで揺れるダウンコートを見ながら、稲垣さんの言葉に出会わなければ、今のこの瞬間は無かったのかもと思ったのだ。
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