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押入れの中にある着ない服を捨てたい

今週のお題「捨てたい物」

もう絶対着ないとわかっているのに、捨てられない

 私の家の押入れの中はまさにパンドラの箱のようなもので、できれば絶対開けたくない。押入れの中には通販で買った大きめの衣装ケースが8個入っていて、透明なので、だいたい何が入っているかわかるからまだ助かっている。衣替えの時には外からようく観察し、目当ての物を捜し出すようにしているため、心の平安を何とか維持できている。それこそ、全部のケースをひっくり返して探そうとしたら、疲労困憊に陥るのは目に見えている。要するに、そんなことをしたら、時間の無駄、かつ、身体にも心にも悪い。いちいち何が入っているか、気まぐれな好奇心を起こそうものなら、最後には溜息をついて、どうにかしたくても、どうにもならない無気力感を味わうことになる。

 だから、押し入れは知らぬ存ぜぬを決め込んで、無視して絶対開けない方が賢明なのである。衣装ケースの中に何が入っているかなんてことを考えない方が、日々穏やかで幸せな生活を送れるのは明かだ。ただ、テレビ番組で、かたづけに関する特集をしていると、少し心が痛み、そう言えば・・・とふと家の押入れの中に思いをはせる。それに、着ない服は何でもかんでも、とりあえず衣装ケースに入れていたおかげで、気づくともうこれ以上服を押し込むスペースが無くなっていた。残念ながら、衣装ケースの収容能力は無限ではなく、今入っているものをどかして、何とか収納場所を確保せねばならない。

 となると、この先未来永劫出番がないであろう服を処分するか、あるいは別の場所に移動するかを決める必要がある。面倒だが、一枚づつ服を取り出して、真剣に品定めすることになる。以前読んだ、近藤麻理恵さんの著書『人生がときめく片づけの魔法』の中で「自分がときめく物だけを残す」と書いてあったが、いかんせん、私が向き合っていた物たちはその範疇にはなく、当然捨てても構わないものだった。ときめく気持ちなど起きそうにない物たちだが、そうかといって即ゴミ箱行きとはならない。思い入れがあるわけでもなく、まだ十分着れると言うだけの理由で、とりあえずとっておくことにした物たちである。そりゃ、スパスパ捨てられたら、どんなに爽快でせいせいするだろうとは思うが、実際にはできない。

 なぜ、捨てることができないかというと、優柔不断な性格もあるだろうが、一番の原因はコロナ禍を経験したことに尽きる。それを証拠に、まだコロナが存在しなかった頃の私はミニマリストを目指していて、それこそ要らないものは何でもかんでも捨てていた時期があった。その時捨てて、後悔したとしてもまた買えばいいと言う短絡的な考えからそうしていた。自分でもちょっと捨てすぎかなあと心配になるほどだったが、身の回りはすっきりして心地よかった。

 だが、4年前に突如としてコロナが流行り始めたとき、物凄い後悔の念に襲われた。いつものように物を買おうと店に行ったところで、肝心の物がどこにもなかった。つい昨日まであんなに大量にあった物が突然消えたのだから、腰を抜かすのも無理はない。自分の家に何もストックがない私は、どうすることもできず、諦めるしかなかった。そうなると、そんな非常事態に直面して、とても羨ましかったのは、日頃から何でもかんでも溜め込むのが好きな友達だった。はっきり言うと、彼らは勝ち組で、やたらにものを捨ててしまう私のようなミニマリストは負け組ということになる。

 おそらく当時のショックからまだ立ち直れていないのだろうが、物を捨てることに積極的になれず、どうしても決断を遅らせてしまう傾向にある。例えば、ベージュのスプリングコートのことだが、皆が街中で着ているのを見て、良さそうだと思って買ってみた。だが、さほど着る機会はなく、それどころか別のジャケットをいつも着てしまっていた。要するに、見かけはよくても、着心地がよくないとか、あるいは実用的ではなかったのだ。それでも、捨てると言う選択肢はなく、今も洋服ダンスに入れたままになっている。今のところ、それをどうこうしようというつもりも何もない。

mikonacolon

 




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