
近道はネコに聞くに限る?
中日新聞に連載している青沼貴子さんの4コマ漫画「ねえ、ぴよちゃん」を読んで、思わず吹き出してしまった。何とぴよちゃんは公園に行く近道を猫の又吉に教わっていたからだ。仲良しのひみこちゃんが「公園に行きたいけど、暑くていやねえ」と言うものだから、それじゃあと、近道を行くことにした。なにぶんそれは猫用の道なので、茂っている木の間をかき分け、フェンスの脇にある狭い通路をそぞろ歩きするようなまさに”道なき道”である。猫なら簡単だが、フェンスの下にある隙間を潜り抜けようとしたとき、ひみこちゃんは悲鳴を上げた。野性児のぴよちゃんは楽しそうだが、友だちのひみこちゃんはお嬢様なので、「もう無理」と弱音を吐いたのだ。それでも、ぴよちゃんは気にすることなく、「頭もう少し低くして!」と励ましている。
そうか、要するに猫にとっては“近道”なんてお手の物なのである。彼らはあらゆる近道に精通しているのだろうが、ぴよちゃんは別として、人間にはとても真似できそうもない。マンガではぴよちゃんは軽々とフェンスの下を、あの猫一匹くらいしか通れない隙間を通り抜けている。それがありえないことだったので、思わず、「アハハハッ」と笑ってしまったと言うわけだ。
実はこのマンガを読んで、ふと頭に浮かんだのは黒柳徹子さんの「窓際のトットちゃん」。トットちゃんは学校へ行くとき、皆が行く道は通らない。いつも決まって”けもの道”ならぬ、自分だけの特別の道を通る。それは猫も顔負けの暗い林の中であったり、近所にある他所の家の庭だったりしたので、トットちゃんの服はいつもビリビリだった。いつも面白いことを探し、刺激を求めていた自由なトットちゃの本は、いつ、だれが読んでも魅力的だ。何もトットちゃんは近道を行こうとしていたのではない。それどころか常に冒険をしたいと望んでいたから、道なき道を積極的に選んでいたのだと思う。
近道と言えば、今住んでいる地域に越して来たとき、図書館が遠いことが不満だった。家から歩いて20分もかかるので、面倒だなあと思っていた。まあ、本を借りに行くときは楽しいのだが、返しに行くときは最低最悪の気分だった。その図書館は地域にある大きな公園に隣接していたが、公園自体が広すぎるので、到底“となり”とは思えなかった。最初は上階がマンションになっているショッピングモールの前を通り、大通りに出た後、交差点を左に進んで図書館に行っていた。何度通っても、やはり自分はとんでもない大回りをしているのではないかという思いが消えない。実はショッピングモールは公園に囲まれていると言ってもいい位置にあった。
そのうち、ショッピングモールの脇を通って、皆が公園の方に歩いて行くのに気づいた。よく見ると、一般の人と言うよりは若い学生が目立って多い。なぜ学生がこんなにも多いのだろうかと不思議に思い、公園の中を通り抜けてついて行った。すると、地元にある大学のキャンパスがあるらしく、大学の入口に大勢の学生が吸い込まれていった。こんなところに大学の建物があったのかと少し驚いたが、要するに、公園の中は大学へ行く近道だったのだ。それだけではなかった、公園の出口には、スポーツセンターや公立図書館への行き方の案内もちゃんと示されていた。道に迷いそうだと不安だったが、何とか図書館に辿り着くことができた。その時の私は、図書館への”近道”を見つけたと喜んでいたが、家に帰って、地図を確認すると、たいして変わりがないことにがっかりした。
残念なことだが、大通りを行くのと同じくらいの距離を歩かされていて、決して近道などではなかった。ただ、なんだか近く感じられる気がするという理由で、今は公園を通って図書館に行っている。要するに、図書館が近くにはないと言う事実をとっくに諦めているのである。
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