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スーパーに歩いて行けた

希望の光が見えた気がする

 今まで通っていた整形外科に行くのをやめた。先日行った別の病院で、「こちらでお世話になりたいのです」とはっきり意思表示した。板付きサポーターを付けたら、大抵の日常的なことはできると言われて、勇気を貰った。先のブログに「整形外科とは逆方向のスーパーに行こうとしたら、足が動かなかった」と書いた。惨めな思いをして帰って来たが、翌日また試してみることにした。それは借りていた図書館の本が返却期限を過ぎていたので、何とかしなければと思ったからだ。それには、まず、スーパーにたどりつくのが先決で、それから10分のところにある図書館に行けばいい。公園のベンチで休憩してもなにしても、とにかくその日中に図書館い行ければいい。無理のない範囲で、自分にプレッシャーをかけることなく、緩く考えることにした。

 そうしたら、前日は足が動かなかったのに、その日はなぜかいい感じで足が前に進んんだ。ちょうど、ベビーカーを押している子供連れに出会ったことも私の心を軽くしてくれた。彼らは私を置いて、さっさと行ってしまったが、置いて行かれたも全然気にすることなく、周りに咲いているツツジの花を眺めて、春爛漫だなあと呟いた。スーパーの看板を見て、馬鹿みたいに感激した。とうとうここまで来られた、というのが私の本音で、こんな遠いところ?まで歩けたと言わんばかりの成功体験がとても嬉しかった。この先は公園の中を通って、図書館へを進めばいい。公園の途中でスポーツセンターの前を通ったら、病院の先生のアドバイスを思いだした。それは「水中ウォーキングを始めたらいいんじゃないかなあ」ということで、「ここってプールもあるのかなあ」と自然と思った。

 実は診察の時、先生に水中ウォーキングの話をされて、「プールまでどうやって行ったらいいのか」と悩んでしまった。要するに、水中ウォーキングは地上よりも膝に負担がないのでお勧めと言われても、肝心のプールに行けないからどうしようもない。自分の足に自信もなければ、長い安静生活で気力までも奪われていたのだから、無理もない。痛くても、頑張って歩くのは平気だったはずの私が、二の足を踏んでいた。だが、スーパーのみならず、その先の図書館まで行けたことが、私に勇気と希望を与えてくれた。足が痛くても、生活は続き、やらなければならないことも多い。少しづつ自分のできることをやって気長にやるしかないのだろう。

 昨日は洗濯をして、洗濯物をベランダに干したり、図書館まで歩いたりと、私にしてはよく動いた。当然足にはダメージがあり、痛みは残ったが、今朝はすっかり元に戻っていた。おそらく板付きサポーターのおかげだろう。左足をふと見ると、心なしか足の腫れが引いている気がする。いや、間違いなく足が細くなっていた。これからの私の目標は階段を昇り降りができるようになることだが、焦りは禁物だ。「階段を上るのと、重いものを持つのはダメですよ」と先生からきつく言われているから。ただ、階段を上れないことには、近場はいいが、遠くへはいけない。例えば、まだ時間はあるが、乗り物に乗る必要がある帰省はできない。よもや海外旅行なんて、夢のまた夢だ。関節が痛くて伸ばせないのだから、涙を呑んで諦めるしかないのか。そんな不安が頭をよぎるがが、治療はまだ始まったばかりだから、あまり考えすぎても意味がない。

 足の痛みに襲われたとき、何をしたら気をそらすことができるのかというと、私の場合は動画サービスでドラマを見ることだ。幸運なことに、ちょうど今最高に面白いのがやっていて、最終話まで見たところだ。中国の歴史劇で、サスペンスの要素も含まれているので、飽きることがない。

mikonacolon




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