
階段がまともに上れない
私は今物凄く、スタスタと歩いている人が羨ましい。今の私の足の状態は牛歩どころか、カメの歩みで、普通なら10分で行ける場所に、その3倍の時間がかかる。まさに歩き始めの幼児のよちよち歩きレベルだでなんとも情けない。自分でもどうにかしたいのはやまやまなのだが、いかんせんどうにも身体が、ここでは足が言うことを聞いてくれない。それでも、家から歩いて10分のところに整形外科の病院があるのは幸運なことなのだろう。本当はタクシーにでも乗っていきたいところだが、悲しいことに、家の近辺にはタクシーは流していない。呼びたいときには電話で呼ばなければならないが、目と鼻の先にある場所を目的地にして依頼するのは変に思われないだろうかとも思う。
それに、他人にとっては「すぐ」のところにある場所も、今の私にとっては遥かに遠い場所だ。だが、当たり前のことだが、歩みを止めなければ、絶対に、目的地には着く。諦めて投げ出さなければ、カメの歩みでも、牛歩でもなんでも目的地にたどり着けるのだ。歩けなくなって早1週間が過ぎたが、そこで気づいたことがある。それは家の中を歩くのと、外を歩くのとでは雲泥の差があるということ。つまり、家の中で歩けても、外で歩けないという事実を身をもって知って、愕然とした。自分でも歯がゆいほど、足が動かず、立ち止まって天を仰ぐが、早朝だとまだ暗いし、人目を気にせずに済むからまだいい。それが昼間だと人目につくのは避けられないから後ろめたい気持ち?にどうしてもなるが、自分が思うほど、他人は気にしていないと気付くには時間がかからなかった。
皆自分のことで忙しくて、町中を片足を引きずってよちよち歩きをしている他人のことを気にする余裕はないみたいだ。我が身を振り返っても、自分の前をノロノロと歩いている他人に気づきはしても、タダ通り過ぎるだけで、何の感情も湧かないのだから。そのノロノロと歩いているこちらも、「私のことなど気にかけないでください」とばかりに堂々として?歩いている。こんな足でも行く目的地があるから、歩かければならないから歩いているだけのことだ。ただ歩くのはまだいい、これが電車にでも乗って病院に行かなければならないとなると、階段の昇り降りが大きなハードルになる。私の場合、左足が曲げられないので、階段が下りられない。手すりにしがみ付かないと身体のバランスがとれない。上る時はというと、足を踏み出すたびに、ズキンという痛みに襲われるが、まだ足は動く。
私の左足は椅子に座っていても、曲げたままだとたちまち悲鳴を上げる。帰省の時に乗った新幹線でも、左足だけは伸ばさないとダメだった。隣の席の人には、えらくお行儀の悪い人間に思われたかもしれないが、致し方ない。どうにもこうにも曲げていられなかったから。医師に左足の膝の変形関節症と言われたが、不思議なことになんとか膝はつけるのでありがたい。座っていて、いざ立ちあがるときに躊躇し、さてどうしようかと考えてしまうから時間がかかる。まさかの事態だが、最近ではまともな歩き方も忘れてしまったようで、我ながら笑いが止まらない。
今私が通っているのは”行列ができる整形外科”で、初診で行った時は10時ごろ行ったのだが、終わったのは1時を過ぎていた。何でもここの病院は朝7時から順番を取るシステムになっていて、早朝に行列ができているのを以前見たことがあった。そのため、私も朝7時を目標に30分かけて順番を取りに行き、また9時までに戻って、診察を受けている。初診の時は左膝に水が溜まっていて、なんと注射器3本もの量の水を抜いた。それで少しは腫れが引くかと期待したが、世の中は、いや、膝の腫れはそんなに甘くなかった。あくる日にはまた3本の量の水を抜いた。そして、昨日はまたまた注射器2本の量の水を抜いて、どうにもこうにも水が溜まってどうしようもない。なんとかならないものなのか。
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