
私以外の人は皆元気
そろそろお盆の列車予約をしなければと思っていた。だが、足の調子を窺ってはいるが、さっぱり明るい兆しが感じられないまま、時間が過ぎていく。左足の痛みが以前よりも増してきて様な気さえするから、列車の予約サイトを開く気にもなれない。まだ5月だが、もう5月とも言えなくもない。このままずるずると、引き延ばし、7月になった時点で考えても遅くはない。お盆の新幹線の混みあい具合は年末年始に比べると、それ程ではないと一昨年気付いたからだ。もちろん、とりあえず予約して置いて、どうしてもダメならキャンセルすればいいのだが、そうなるとキャンセル料がかかるのがどうも引っかかる。それに、予約したら、即口座から引き落としになるので、そのことも負担に感じてしまうのだ。行く気は十分あるのに、肝心の自分の身体がそれを許さない、そんな鬱々とした状況だった。
だが、昨日実家に住む義姉のミチコさんから、電話が掛かって来たとき、どうしようもない違和感を感じてしまった。1月から左足が不自由になったことをミチコさんは知らない。私が絶対秘密にしようとしているので、ミチコさんは私の痛みに支配された生活を知る由もない。普通なら、ちょっかいを出すかのように、たわいもないことで、電話をしたり、ショートメッセージを送ったりして、連絡を取り合っていた。それなのに、1月以降、私がうんともすんとも言って来ないものだから、相手は何だかあやしいと感じているようだ。「何も言って来ないから、何かあったのかと思って」とミチコさんに指摘されて、動揺した。いつも通りに話せず、しどろもどろになったが、何とか誤魔化した。
高齢者の安否確認のごとく、1カ月おきに連絡がミチコさんから来る。切っても切れない縁のごとく、兄嫁と義妹の縁はそう簡単には切れるはずもない。音信不通では済まないのである。着信があった時、私は足の痛みで起きていられず横になっていた。少しうとうとして眠っていたかもしれない。後で電話をすると、寝起きの声みたいだとバレてしまった。ミチコさんは犬1匹と猫2匹との一人暮らしを満喫していた。いつも通りの明るい声で安心すると同時に、一抹の寂しさを感じずにはいられなかった。以前にもそう感じたことがあった。それはコロナが流行り始めた頃で、私は恐怖と閉塞感で怯えていた。だが、当のミチコさんは平気の平左で、怖いものなしのスタンスで、いつもと変わらず過ごしていた。同じ日本に住んでいて、どうしてこうも感じ方が違うのだろう。たかが田舎と都会の違いなのに、コロナに対する恐怖はたいしてどこも変わらないはずなのに。いくらミチコさんが自他ともに認める呆れるほどの楽天家とは言っても、コロナに対する感じ方はそうは変わらないはずと思っていた私は仰天せざるを得なかった。私たちはコロナに対する恐怖を共有することはついぞなかった。それでも、その事については拘らず今まで付き合って来た。
だが、痛みを常に感じている者とそうでない者とでは、明らかに違うという事実を突き付けられた。ミチコさんが次々と繰り出すおしゃべりに付き合いながらも、私の心は冷めていた。要するに、ミチコさんと話していても、全然楽しくはないのだ。あれ、おかしいなあ、今までミチコさんとの電話はいつも楽しかったはず、それなのにどうしたのだろう。実を言うと、これまで何回も自分からご機嫌伺いのつもりで電話しようとした。でも、実際には躊躇してしまってできなかった。それで、不可解に思ったミチコさんがしびれを切らして電話をかけて来た。数えてみると、だいたい1カ月に1度の割合いで連絡が来る。昨日もそろそろと思っていたら、やはりミチコさんからだった。
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