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カレンダーを買いに書店へ

殺風景な部屋に彩が欲しい

 昨日の夕方、来年のカレンダーを買いに近所の書店に行った。今年もあと2週間ほどで終わりというこんな時期になって、慌てて書店に行かなくてはならなかったのには理由がある。実はすでに来年のカレンダーは良さそうなものを選んで買ってあった。まだ早いかとも思ったが、壁にかけてみようとしたら、なんだかパアッとしない。カレンダーは風景の写真が付いたもので、もちろん気に入って買ったはずだった。それなのに、「これじゃあ、いくらなんでも寂しすぎるではないか」と思ってしまった。要するに、写真が小さすぎて、カレンダーの文字もわかりにくい。カレンダー自体が今使っているものより、サイズが小さめだった。

 もう少し、考えてから買えばいいものを、他に気に入った風景の写真がなかったので、良かれと思ってその時は小さめのサイズのカレンダーを買った。もちろん本人はサイズが小さめだとは夢にも思っていない。もはや後の祭りである。すぐに現在使っているものを比べてみればいいものを、それさえしなかった。我ながら能天気と呆れるしかない。これはまずい、このカレンダーと来年一年の間、お付き合いしなければならないのだけは勘弁してほしい。本気でそう思った。買い直すとなれば、また出費で、頭も財布も痛いが、はっきり言って拷問に等しく、まったく楽しくない。このまま我慢し続けることにどんな意味があるのだろう、そう思ったら、自然と身体が動いた。

 近所の書店に行く途中、もしかしたらカレンダーはもうあまり残っていないのではと悲観的なことを考えた。思えば、小さめのカレンダーを選んだ時も、他にあまり種類がなかった。だが、意外にも、カレンダーの売り場に行ってみると、そこには以前よりもはるかに多くの種類のカレンダーがあった。それも、大きいサイズのカレンダーがいくつもあり、選択肢が増えていた。その時の私の呟きが「なあ~んだ。こんなにあるじゃない、それも以前よりたくさん。どうなってるの?」となるのは当然だった。お金はかかったが、再度行って正解だった。これでまた今年の憂いのひとつが消えた。

 カレンダーを選ぶ前に、新刊本が平済みになっている場所に立ち寄った。そこには町田そのこさんの『ドフォルザークを聞きながら』の発売記念のポスターが貼ってあった。各書店の書店員さんのコメントが寄せられていて、絶賛の嵐が吹き荒れている模様だ。町田さんは本屋大賞の常連で、日本一書店員さんに愛される作家だと言われている。でも、私自身は町田さんの記事を新聞でよく見かけるが、まだ一度もその著書を読んだことがない。別に町田さんの本を敬遠しているのではなく、ただ単に読む機会がないだけのことだ。今年はもう図書館では借りられないので、来年の14日以降になったら、早速何か予約して借りて読んでみようと思っている。そう、買うのではなく、借りて読む。正直に言って、私にとってはとりあえずの対応で、町田さんの本が私と相性がいいかどうか判断するために必要なのだ。

 そうやって、町田さんのお名前を書店で見る度に、いつもそう思っているが未だ実現していない。たしか、以前『小さな可愛い花』のポスターを見た時もそうだった。今回は新聞3紙を購読しているにも関わらず、『ドフォルザークを聞きながら』のタイトルをついぞ見かけたことはなかった。あれが初めての出会いだったので、少々驚いたことも確かだが、昨今は本屋に行かないと得られない情報もあるのだと痛感した。新刊本のコーナーは平積みになった未知の作家の本で溢れ、どの本にもサイン本の表示があり、ビニールでしっかり覆われていた。手に取っただけでは読めない。買わないと読めない仕掛けになっている。だが、湧き上がる好奇心に負けて、おいそれと手に取ってレジに持って行くことなどできない。何しろ、最近の新刊本は2千円近くするから、冒険はできない。

 となると、どうしても公立図書館のサイトを頼ってしまう。ネットで予約し、じっくりと試し読みする方が賢明なのである。まだ海のものとも山の物ともわからない未知数に溢れた本に気楽に手を出そうものなら火傷しかねないからだ。

mikonacolon




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