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街から本屋が消えた

書店がない未来が現実味を帯びてきた

 昨日駅前の通りを歩いていて、本屋の前を通りすぎようとしたら、何やら様子が変だった。入り口付近に、ノートや手帳などのグッズが並べてあって、何%OFFと書かれていた。セールをするなんて、一体どうしたのだろうと言うのが正直な気持ちだった。最近の書店は本の他にも、レトルトカレーやスナックも置くようになっていて、時代は変わったのだなあと思っていた。ふと見ると、入口のドアの何やら紙が貼ってあって、「閉店のお知らせ」と書いてあった。まさか!と思いたかったが、やっぱりというのが本音だった。すぐには立ち去れず、貼り紙を凝視していると、そこへひとりの中年女性がやってきて、「ええ!?閉店するの?」と信じられない様子だ。呆然としている女性を残して、その場を立ち去る。

 思えば、あの書店はこれまで2度も経営者が変わり、その度に店の名前も変わった。それでも、一番初めの店名はあゆみブックスだったので、名前が変わってもずうっと私の中ではその名前だった。最近では袋はもちろん、無料が当然のブックカバーまで有料にしていた。それに入口のドアも自動ドアではなくて、手動にして経費を節約していた。それでも、やはり経営は限界らしい。

 それにしても、なぜ学生の街で唯一の書店が閉店してしまうのだろうか。昔はこの地域には3つも本屋があって、現在では貴重な、もっともこんなことは閉店すると知ったから、”貴重”などと言えるのだろうが、たった一つの本屋だったのに。失って初めて大切さがわかるとはよく言われるが、言うまでもなく私も深い喪失感を味わった。実を言うと、私はなんだかんだ言っても、あの書店がよもや無くなるだなんてことは夢にも思っていなかった。品ぞろえが悪いだの、使えないだのと悪態をつきながらも、何回かは立ち寄るのが習慣になっていた。以前新聞で県に本屋がない、いや、いくら何でも県ではなくて、地域だろうが、本屋が一軒もないところが増えているとの記事を読んだことがある。

 その時はそんな場所があるのかと本気にはしなかったが、実際にあの書店の閉店を目撃したら、突如として、書店のない未来が見えてきた。ある日の朝日新聞の投稿欄に寄せられた、「地図ひとつ探すのにも、近くに本屋がないので、電車で何時間もかけて行かなければなりません」との切実な声を思い出した。そうなのだ、普段本を読まない人であっても、生活に必要なものは書店に行って調達しなければならないのだ。だが、まさに大事な時にすぐに手に入らないとしら、「どうにかしてくれ」と歎くこと必至だ。

 そんなときはネットで何とかすればいいのだろうか。だが、ネットでは自分の目で確かめてみると言うことができない。そうか、本も地図もすべてパソコンやスマホにダウンロードすれば、何の問題もないと言うことか。かつてお気に入りだったNHKのラジオのビジネ英語の講師が、「現代においては紙はもう古い。紙はゴミになるから、諸悪の根源なんです」と言っていたことを思い出す。確かに紙の本は重くてかさばるが、自分が見たいページをすぐに開けられるのも紙ならでは利点のひとつだ。

 それはさておき、誰があの書店を閉店に追い込んだかについては、それは皆の責任で、もちろん私も例外ではない。散々書店に立ち寄りながら、いつも冷やかしてばかりで、買うものと言ったら月に一度のNHKのラジオテキストのみという体たらくである。もっと積極的にジャンジャン本を買って、あの書店の経営を支えるべきだったのだと今ならわかる。悲しいかな、当方には本屋の内情にまでに気を配る経済的、かつ精神的余裕がなかった。

 なので、今の私にできることは、本屋がもう無いと言う現実を受け入れるしかないのである。おそらくこれからも本屋があった場所を通りすぎる度に思い出すのだろうが、それはほんの一瞬に過ぎないのかもしれない。そうやって、いつかは書店があったことさえ忘れていくのだろう。

mikonacolon




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